憧れだった女性には振られ、自暴自棄になることも……《朝ドラ あんぱん》モデルの「やなせたかし」 あまりにつらすぎた中学時代
意外にも返事はすぐに来たが、それは彼女の父親からのもの。「今度こんなことをしたら学校へ通告する」と書いてあったというから、やなせが青ざめたことは言うまでもない。淡い初恋は、たちまち手痛い失恋となった。
初恋相手との再会に失望する文豪たち
このとき、恋に破れた女性と、やなせはのちに再会を果たすことになる。
下積み時代を経て世に名を馳せたのちに、かつて失恋した相手と邂逅することは、実は珍しいことではない。
『伊豆の踊子』『雪国』などの作品で知られる小説家の川端康成は、学生時代に失恋した相手の伊藤初代から来訪があり、10年ぶりに再会している。川端が33歳、初代が27歳のときのことである。
再会時に初代が川端に語った身の上話によると、川端を振ったあとにカフェの支配人と結婚するも病死。再婚した夫も今は失業中だという。すっかり生活に疲れていた初代にかつての面影はなく、川端は強く寂しさを覚えたようだ。
また名作『クリスマス・キャロル』を書いたイギリスの小説家チャールズ・ディケンズの場合は、17歳から4年にわたって恋をするもかなわなかった相手から、突然、手紙が届いて22年ぶりに再会している。だが、頭の中の思い出の姿と目の前にいる女性の姿とでは、あまりにも隔たりが大きく、深く失望したという。

初恋の相手と年月を経て会ってもあまりよいことはなさそうだが、やなせの場合は小さな展覧会場で、かつて恋した女性と再会したという。相手の女性からは「父が昔、失礼な手紙を差し上げてごめんなさい」と謝られて、やなせは「いやあ、ムニャムニャ……」とごまかすほかなかったとか。
それでも、やなせは初恋相手との再会を「しっとりとした人妻になっていて美しかったので、なぜだかほっとしたのです」と振り返っている。中学時代に大きな痛手となった失恋だったが、「今となってはよき思い出」というところに落ち着いたようだ。
しかし、そんな穏やかな未来が待ち受けているとはつゆも知らない、やなせ青年にとっては、学校の成績は振るわないわ、恋には破れるわで、鬱屈するばかりだった。
そのうえ、思春期ならではの体の成長への戸惑いもあれば、弟のように伯父や伯母に甘えることができないという家庭の事情も加わり(前回・第2回記事参照)、いてもたってもいられない気持ちになったらしい。
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