【岩手・大船渡の大規模山火事】震災乗り越えた「あわび養殖」、火災で再び試練に立ち向かう若き3代目の挑戦 「今回も必ず復活する!」
綾里地区の南隣・赤崎町で火災が発生したのは2月26日昼過ぎ。乾燥と強風で燃え広がり、その日の午後2時には綾里地区の850世帯を対象に避難指示が出された。
翔太さんや父・季宏(すえひろ)社長は従業員を避難させると、近くにある祖父・勝弘さん宅に急いだ。祖父母が避難所に移動するのを手伝った後に、自身も避難した。
それからの避難は思いのほか長期間に及んだ。全国からの消防援助隊や自衛隊による消火活動にもかかわらず延焼は広がり、ようやく鎮圧宣言が出されたのが3月9日。綾里地区への立ち入りが許されたのは翌10日だった。
火災が発生し消火活動が始まると停電したため、3日ほどたった時点で「あわびは絶望的」と覚悟を決めるしかなかった。
「2、3日電気が止まりポンプが動かないとあわびが死んでしまうことは容易に想像できました。いけすを確かめに行くこともできないうちに時間が過ぎ、その間に気持ちの整理はついてきたというか……。絶望するフェーズは避難中に終わって、あとは避難指示が解除になったらやるべきことをやるしかないという気持ちでした」(翔太さん)
津波のときと同じ臭い、「やっぱりダメだ」
3月10日午前10時、約2週間ぶりに避難指示が解除され、綾里に向かった翔太さん。養殖施設のある漁港まで来ると車の中にいても、あわびは全滅していることがわかったという。車のエアコンフィルター越しでも、臭いが漂ってきたのだ。
「津波の後と同じ臭いで、これはやっぱりダメだったなとわかりました」。
死んだあわびや海水の処理には市役所などとの協議が必要なため、まずは従業員とともに、いけすを清掃しながら、施設の状態を点検した。


すると、まだ生まれて数カ月ほどの小さなあわびの稚貝が生き残っているのが確認できた。「今後、無事に大きくなれるかは不安もありますが、ここから育てて採卵できればと思っています」(翔太さん)。
同社は稚貝を漁業関係者向けにも販売しており、販売先から「母貝を(北日本水産に)返すので、今後の養殖に役立ててほしい」との申し出もあるという。
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