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ライフ #東京アナログ時代

ちょっとラスベガスっぽい?60年前の「ネオンきらめく銀座」が現在の姿になるまでをアナログ写真で振り返る。意外と変化している「日本一地価が高い街」の変遷

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(写真:1992年10月1日梅谷秀司撮影)

北九州市出身で一代で不動産王となった川本源司郎は、博多、銀座、赤坂、歌舞伎町などに、バーやクラブなど社交関連の店をテナントとする賃貸ビルを数多く所有し、最盛期には銀座だけで10棟近くの丸源ビルが並んでいた。その丸源マークのネオンサインは、一時期、銀座の夜の街を象徴するものでもあった。

その川本は、2013年に法人税法違反で逮捕。懲役4年の刑に服し、昨年91歳で逝去。銀座に8棟あった丸源ビルはすべて売却され、一時代を作ったビル群の解体が進んでいる。

ビルの解体・再開発

丸源ビルばかりではない。この10年ほどの間、銀座の数多くの場所で進んでいるのは、高度経済成長期に建ったビルの建て替えだ。

その前段として、1998年に銀座地区のまちづくりルールが変更され、銀座通り、晴海通りなどの建物高さ制限がそれまでの31メートルから56メートルに変わり、以後、大通り沿いのビルの建て替えが進んだという事情もある。

2010年以降には、サエグサ本館、伊東屋、銀座コア、銀座メルサ2、そして三愛ドリームセンター、ソニービルなどの解体・再開発が行われている。

(写真:1999年11月22日、尾形文繁撮影)

2013年には、戦後に再建された歌舞伎座が、劇場と超高層オフィスが一体化した建物となり、2017年には百貨店・松坂屋などのあった一画が、高級ファッションビル・GINZA SIXとなった。

(写真:1999年11月22日、尾形文繁撮影)
(写真:1983年10月、吉野純治撮影)

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