「ストレス=悪」の誤解が招く不調のスパイラル5つ なんでも「ストレスのせい」にしてはいけない
85年にはストレス問題を研究する「日本ストレス学会」が発足した。
海外でも広まっていたのか、83年には雑誌「TIME」の表紙で「STRESS!」(ストレス)という文字を大きく載せ、ストレスについて特集した。日本では、89年には森高千里さんの「ザ・ストレス」という歌がヒットした。
90年代になり、バブル崩壊のあたりから、日本経済の低迷と同調するように、労働の現場を中心に、ストレスを悪いものとして認識する考えがより広まっていった。
パワハラ、セクハラといった職場のハラスメントが注目され、非正規雇用の労働者の増加が社会問題になるなど、働く環境も大きく変化した。重苦しい世相と呼応するように、「ストレス社会」という言葉とともに、ストレスが浸透した。
2008年にはリーマン・ショックが発生。2010年代には「新型うつ」が話題になった。経済的な不安も高まり、多くの人々がストレスをよりメンタルヘルスにかかわる問題として認識するようになった。
メディアではしばしば、ストレスが健康に悪影響を与えるものとして扱われるようになった。ストレスは避けるべきものとしてのイメージが固まった。
健康に関することは、「糖質はだめ」「プロテインがいい」といったわかりやすくシンプルな「ワン・ワード」として広がる傾向がある。ストレスも同様に、ひとことで複雑な問題をわかりやすく表現する力がある。その結果、「ストレス=悪いこと」という単純な図式ができ上がってしまっているように思う。
「ストレスには休養」が広がることの懸念
ストレスに対する社会的な認識が歪んでいる原因の1つには、「ストレス自体を病気のように捉える」という誤解がある。この誤解が進むと、ストレスの本質を見誤り、正しい対処法を見つけることが難しくなる。
私が懸念するのは、ストレスをすべて悪いものと捉えることで、生活の中で生じる自然な負荷やプレッシャーまでも避けようとしてしまうことだ。休養を重んじるばかりに運動不足になったり、挑戦や成長を避けようとする気持ちになったりしがちだ。
「ストレス解消」が、スポーツやレジャー、旅行ならまだいいだろう。私が最も懸念するのは、「ストレスを感じたらとにかく休む」「ストレスがある時はよく寝る」「無理をしない」ということを信じている人が多く、動かない方へ動かない方へ、と進んでしまうことだ。
人の身体にとって、動かないことのデメリットははかりしれない。現代社会では死に至る病の大半が生活習慣病から生じている。便利で快適な暮らしによって、人々が動かなくなったことが、過去の人類の歴史にはなかった新しい疾患を生み出している。
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