45歳で死を望んだ彼女が迎えた「安楽死の瞬間」 その時、医療介助死を支えた医師が感じたこと
シンプル・マインズの「ドント・ユー(フォーゲット・アバウト・ミー)」が流れ、コールドプレイの「フィックス・ユー」が流れ、疲れた心や別れをテーマにした曲がいくつかそのあとに続いた。
ヨランダは意味を噛みしめるように、すべての歌詞を口に出して歌った。わたしとユーリは、ヨランダが余計な心配をしないように、目で確認を取りあいながら事を進めていく。
少しずつ投薬していく
まず、鎮静剤ミダゾラムの注射器1本(10cc)から始めた。小さな声で時刻を確認する。「ミダゾラム、午前11時04分」。ユーリが書き留める。ミダゾラムは速効性のある薬だ。
しかしヨランダはまだ覚醒している。やがて目を閉じたが、あいかわらず歌い続けた。
そんな力がどこに残っていたのだろう。たぶん、エネルギーをコントロールする術を体が身につけてしまったのだろう。あるいは強靱な精神力のなせるわざなのかもしれない。
チューブを生理食塩水で洗い流して投薬を続けたが、ヨランダは歌い続けている。わたしはユーリに「リドカイン」とささやいた。この麻酔薬は静脈壁を麻痺させるので、次に投与する、静脈壁に炎症を引き起こすプロポフォールの作用を抑えることができる。
たとえ自覚はないとしても、彼女の体をピクピクさせたくはなかった。ユーリから、予備のミダゾラムを追加したらどうかという提案があった。
「もう少し待ちましょう」とわたしはささやき、生理食塩水を流し込んだ。わたしはヨランダの頸部を包みこむように両手を当てた。彼女にとって安心できる快適なポジションで、脈拍を確認するという目的もあった。