辻仁成「人の一生というのは誰にもわからない」 一緒に住み始めた子犬は今日もぼくを魅了する
すくなくとも、ぼくはこの子とどっちかが死ぬまで、共に生きていくことになる。
孤独を温める存在
どういう人生の終わりがぼくを待ち受けているのかわからないけれど、ぼくはじたばたすることもない。
自分ではコントロールできないこの運命というものの流れに身をゆだねて、行けるところまでこの舟を漕いでいく。
名誉も、お金も、特に今は求めていない。求めているものがあるとするならば、静かな幸福で、それはこの三四郎と昼寝をする時間だったり、三四郎と川べりを散歩することだったり、三四郎のうんちを「くちゃいくちゃい」とか言いながら片付けている瞬間だったりする。
ただ、犬がこんなに素晴らしい生き物で、犬がぼくに与えてくれる優しさや温もりは、ぼくという人間の心の根本に差す光そのものでもある、ということを知ることができた。
この子を抱きしめている時のぼくには、感謝しかない。それをなんと呼べばいいのか…。あるいはそれを「愛」というのかもしれない。
人間というのは、わざとではないにしても、押しつけがましい生き物でもあるから、時に、辟易とさせられる。人間は人間に苦しめられる。それは事実だろう。でも、仙人ではない限り、人間は、人間社会の中で生きていかないとならない。人間はある意味で孤独なのだ。隠す必要はない。笑われるかもしれないが、孤独でいたい人間だって大勢いる。そういう社会から疎開したい人間にとって、犬は孤独を温める存在にもなりうる。
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