ぼくと三四郎との奇妙な関係
9月某日、犬は人間の友だちである。ぼくは結局、寂しい人間だけれど、人や動物の世話をする、または後見人になることが、好きなのだ、とわかってきた。
息子が大学に通いだし、独立をした今、三四郎はぼくを映すかがみのような存在になった。ものは言わぬが、心は通じている。犬なので、必死に教育をしても、会話が出来るようになるわけじゃなく、育って立派な社会人になってくれることもない。ずっと、一生、子供のままぼくの傍にい続ける。ボールを与えると、それを必死で追いかけ、くわえて、ぼくに持ってくる。それ以上のことは出来ない。ぼくの膝の上に飛び乗って丸くなって寝ている。それ以上のことはしない。ぼくが語り掛けると、小首をかしげはするけれど、意味を理解することもない。


















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