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三四郎は、余計なことは言わない。人の悪口とか噂話を一切しない(写真:辻仁成さん提供)
“犬は友だち、家族、道しるべ。息子が巣立ったあと、ぼくの人生にそっと寄り添う。”
パリ在住の作家、辻仁成さんのもとにミニチュアダックスフンドの三四郎がやって来たのは2021年冬のこと。生後4カ月の子犬が3歳の誕生日を迎えるまでの日々。辻仁成『犬と生きる』より抜粋して前編・中編・後編の3記事をお届け。今回は後編となります。
ぼくと三四郎との奇妙な関係
9月某日、犬は人間の友だちである。ぼくは結局、寂しい人間だけれど、人や動物の世話をする、または後見人になることが、好きなのだ、とわかってきた。
息子が大学に通いだし、独立をした今、三四郎はぼくを映すかがみのような存在になった。ものは言わぬが、心は通じている。犬なので、必死に教育をしても、会話が出来るようになるわけじゃなく、育って立派な社会人になってくれることもない。ずっと、一生、子供のままぼくの傍にい続ける。ボールを与えると、それを必死で追いかけ、くわえて、ぼくに持ってくる。それ以上のことは出来ない。ぼくの膝の上に飛び乗って丸くなって寝ている。それ以上のことはしない。ぼくが語り掛けると、小首をかしげはするけれど、意味を理解することもない。
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