金正日の死に涙する北朝鮮国民の心の内--イアン・ブルマ 米バード大学教授/ジャーナリスト

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集団ヒステリーは非常に伝染しやすい。私は、金正日の父親である金日成が死んだ年に北朝鮮を訪れた。旅行プランには、平壌の中心部にある金日成の巨大な立像に敬意を表することが含まれていた。旅行参加者たちは「偉大なる指導者」の大理石の足元に立ったが、そこは花と葬儀花輪に囲まれ、女性たちのすすり泣きの声が特大の拡声器で流されていた。

制服の学童たちが何重にも列を成し、先生たちによって、このモニュメントに引率されてくるのを見た。学童たちは、最初は無表情に見えた。当局にどう振る舞うかを指示されるのを待つことに慣れた人々が見せるポーカーフェースだ。すると、先生たちが人前で泣くのに適した声を出し始めた。低くうめいた後、大声で嘆き悲しみ、次に「父よ、父よ、どうして私たちを残して去ったのですか」と叫ぶ。学童たちも少しずつ先生たちの例に倣い、号泣する。学童たちは先生たちが泣いている様子を見て泣いたのだ。

これは悲しみの真の表現だったのだろうか。それは誰にもわかるまい。涙は十分に本物に見えた。先生たち、そして学童たちもおそらく何かを感じたのだろう。それは深い苦悩でさえあったかもしれない。洗脳の結果、「偉大なる指導者」が本当に優しい父親的人物で、あらゆる面で助けてくれていると感じた者もいたかもしれない。

一方で、自分の感情を振り向けた人々がいたのも間違いない。それは、公私の多くの悲しい出来事から生じた感情かもしれない。哀れな北朝鮮の人々には泣きたいことが山ほどある。全体主義の独裁国家における生活は毎日が惨めである。だから人々は、そのことに大きな責任がある二人のために泣くのだ。

Ian Buruma
1951年オランダ生まれ。70~75年にライデン大学で中国文学を、75~77年に日本大学芸術学部で日本映画を学ぶ。2003年より米バード大学教授。著書は『反西洋思想』(新潮新書)、『近代日本の誕生』(クロノス選書)など多数。

(週刊東洋経済2012年2月4日号)

記事は週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。
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