世界的音楽家・辻井伸行「思い出の大作」への情熱 名門レーベル「ドイツ・グラモフォン」と専属契約
コンクールで弾いたときは20歳で、表現力もまだ未熟な部分がたくさんありました。30代になってまた新たにこの曲と向き合いたいという思いもあって、僕からも「この曲で」とお願いしました。
今の解釈は過去とはもちろん違いますし、テンポや音の取り方、ペダルの使い方もやはり15年前とは変わってきていると思います。もっとこうしたいという気持ちの変化もある。今回のハンマークラヴィーアは、今の僕がいろんなことを試し、選択して「これだ」と思えた演奏になっています。
――この作品の作曲当時、ベートーヴェンは音域が広がった最新のピアノの機能を最大限に生かし、4楽章では低音を執拗に強調するなど無邪気な面が垣間見えます。
ベートーヴェンの生きた時代はピアノがすごく発展していた時期で、彼はピアノの可能性をすごく引き出した作曲家だったんじゃないかと思います。
32曲あるピアノソナタの中で、29番のハンマークラヴィーアは後期3大ソナタ(30~32番)につながる作品です。前期・中期・後期と全曲を聴いていくと、ピアノの発展がすごくよくわかる。ハンマークラヴィーアが作られたころはとくにそうです。
4楽章の壮大なフーガ(旋律が追いかけあう遁走曲)も含め、ピアノのいろんな可能性を切り開き、それまでの作曲家がやってないこともたくさんやっている。好奇心旺盛な作曲家、ベートーヴェンはそういう人だったのでは、と僕は感じます。
ベートーヴェンの苦しみ、葛藤や悲しみ
――今回の録音にあたって心がけたことは?
ハンマークラヴィーアは全体で約50分と特に長い曲で、弾きこなすことは自分との長い長い戦いです。この曲が作られたころは、ベートーヴェンは耳が聞こえなくなってしまった時期です。その苦しみ、葛藤や悲しみが曲の中に深く刻まれています。そうした思いをどう表現するか、本当に悩みました。
まず、作曲家が楽譜に書いたことを忠実に再現するのは、クラシック音楽家として大事なことだと思っています。今は亡くなってしまったベートーヴェンやショパンは、楽譜にいろいろ書き残してくれている。そこからどういう思いでこの曲を書いたのかを読み取って、そのうえで自分自身の個性を出して表現していく。そうやって自分の音楽をつくっていくことが大事なことだと思います。
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