少年隊・東山紀之の自叙伝は何がすごいのか

原点を見つめなおし、新しい地平を開く

 母と妹と、狭いアパートでの3人のくらし。理容師として働く母の帰りを待ちながら、ガス釜で米を炊き、みそ汁を作る毎日。煮干しのはらわたと頭を取って、丁寧に出汁をとったみそ汁だ。幼い妹と寄り添う姿に、うまそうなみそ汁の匂いがしてくる。

近くに住む祖父の世話も著者の仕事だ。脳溢血でゾウガメのようにゆっくりとしか歩けない祖父の手を取り、銭湯で体を洗ってあげる。

その一方では飛び跳ねるのが大好きで、やたらと高いところへ登ってはジャンプ。またあるときは川崎大師の池に忍び込んで亀を獲り、住職にお尻をはたかれるワンパクぶりだ。

こうした暮らしの中で、東山少年は「人のリズム」を学ぶ。

“じいちゃんのリズムは、いつもゆっくり、ゆっくりだった。最初はとまどうことも多かったが、自分のリズムを相手のそれに合わせると、年齢の違う人とも仲良くなれると、僕は漠然と気づいた。
いま思うと、役者にとっても、生きるうえでも、リズム感は何よりも大切なものだ。人は、心臓の鼓動ひとつとってもそれぞれ違う。
テンポの速い人が遅い人に合わせるのは寛容さを要するが、これが重要なのである。”

 

“じいちゃんのリズム。そこから僕は、大切なものを知った。”

 

かつてある番組でインタビューしたときに、著者があたかも水がさらさらと流れるがごとき風情だったのを育ちのよさと思ったものだが、まさに「人のリズム」に耳を傾ける著者の信条がその空気を作っていたのだと得心がいった。きっと、こちらのリズムを聴いてくれていたのだ。
自分を育て、形作ったものは何なのだろう。

近くて遠い故郷を訪ねる

原風景をもとめて著者は故郷を訪ねる。40代になってようやく再訪した、近くて遠い故郷だ。

蘇るのは、母の帰りを待つ幼い兄妹に腹一杯の豚足とトックを食べさせてくれたコリアン・タウンの一家との思い出である。家族のようにかわいがってくれた人々だ。幼い当時、在日の人々の置かれた状況も知らず、ただひたすらかわいがってもらったことを、大切な記憶とする著者の胸に満ちるのは、感謝の気持ちだ。ともに貧しく、助けあって生きてきた記憶をたどりながら、かつてカワサキで生活を共にした人々が幸せであってほしいと思いを馳せる著者の姿が胸を打つ。

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