いま、働くということ 橘木俊詔著 ~働きたい人に職場を与える意義を問う
『格差社会』などの著作がある著者は、古代ギリシャを「奴隷の労働による成果を使用ないし消費することが、格のあること」であったと振り返る。続いて中世の聖ベネディクト会修道院の商業活動などによって労働が「意義と倫理を認識」させる契機となった、と西欧における労働観の転換に触れる。
プロテスタンティズムの勃興と都市経済の発展に伴う影たる浮浪者や貧困者について、彼らを収容した「矯正院」には、経済的のみならず精神的にも「役立つ人に転換させる」効果があったとする。
一方、東洋では陶淵明の「桃源郷」に代表される「自然に逆らわぬ、田園における労働」が理想とされたとし、日本人の清貧好きに絡めて「報酬だけを求めることに目的を置いた働き方をさほど評価しない」はずの精神構造と、ボランティア活動が盛んでないことを対比する。
さらに「労働」を再定義したマルクス、レーニンに言及し、「後継者も労働まで否定することがほとんどなかった」ことに注目している。同時にマルクスの師であるヘーゲルの「承認欲望」という考え方を紹介し、労働の喜びは「他者の評価を求める」ところから発生するとも言う。そしてパスカルはそれを「虚栄心」と呼んでいると付け加える。
こうした碩学たちの労働論を概観したあと、現代日本に目を転ずれば、女性の労働を論じた第4章には、24歳以下の女性回答者のなんと5割が「正社員を希望したが、やむなく非正社員になった」との現実の調査結果が紹介される。
労働環境の多様性を表すダイバーシティ(若者、高齢者、外国人、障害者などの雇用)の問題と併せて、あらためて、労働における、論と現実と時代を考えさせられる。
たちばなき・としあき
同志社大学経済学部教授、京都大学名誉教授。1943年兵庫県生まれ。米ジョンズ・ホプキンス大学大学院博士課程修了。Ph.D.を取得。仏米英独での研究・教育歴を経て、京都大学教授。元日本経済学会会長、日本学術会議会員。
ミネルヴァ書房 2100円 194ページ
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら