塩田潮
野田内閣発足から1カ月が過ぎた。熟慮と用意周到の慎重派らしく、堅実外交と無難答弁の安全運転ぶりが目立つ。
凡庸、軽量、地味、弱体という不評が先行し、「冷めたピザ」とからかわれた小渕元首相との相似を強調する声も多い。だが、就任時の事情という点では1980年に「大福戦争」の後に首相となった鈴木善幸元首相と共通項がある。
野田首相も鈴木氏も激しい党内抗争の後に登場した。鈴木氏は「和の政治」を唱えたが、野田首相は「挙党と融和」だ。鈴木氏は「和」の確保・維持を田中元首相ら実力者に丸投げし、政策運営も宮沢官房長官に頼りっきりだった。政権が行き詰まると、「なりたくてなったわけではない。いつでも辞める」と捨て台詞を吐き、最後は本当に投げ出した。
一方、小渕氏の場合、出発は悪評だらけ、政治・経済情勢とも最悪だったが、「真空総理」の吸引力と統合型リーダーの重心の低さを生かして粘り強く諸課題に取り組み、衆参ねじれも克服して危機を脱する。やがて「絶好調」といわれた。
野田首相も、ただの「挙党・融和首相」でなく、統合型リーダーとして特性を発揮できれば、安定政権が視野に入るようになる。近似の先人に学ぶなら、目標にすべきは、善幸型でなく、小渕型だろう。
ところが、首相自身は、小渕型というよりも、大平元首相を手本に、と考えているようだ。鈴木氏の前任の大平氏は英知を結集して田園都市構想などのビジョンを打ち出し、独自の「大平政治」の実現を目指した。野田首相は当面、立ちはだかる難題の克服で手いっぱいと見られるが、乗り切りに成功すれば、本格勝負の時期を迎える。そこで「野田政治」の構想と青写真を示すには、大平流の英知結集が必要、と首相は考えているに違いない。もちろんそのシステムと装置づくりも重要である。
だが、大平型を目指すなら、何よりも高い理想と揺るぎない意志、不屈の闘志、果敢に取り組む実行力が求められる。
もう一つ、小渕、大平両元首相には、ともに首相在任中に病に倒れ、志半ばで落命したという共通点がある。愛煙・愛飲家の野田首相は健康にはくれぐれもご注意を。
(写真:尾形文繁)
塩田潮(しおた・うしお)
ノンフィクション作家・評論家。
1946(昭和21)年、高知県生まれ。慶応義塾大学法学部政治学科を卒業。
処女作『霞が関が震えた日』で第5回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書は他に『大いなる影法師-代議士秘書の野望と挫折』『「昭和の教祖」安岡正篤の真実』『日本国憲法をつくった男-宰相幣原喜重郎』『「昭和の怪物」岸信介の真実』『金融崩壊-昭和経済恐慌からのメッセージ』『郵政最終戦争』『田中角栄失脚』『出処進退の研究-政治家の本質は退き際に表れる』『安倍晋三の力量』『昭和30年代-「奇跡」と呼ばれた時代の開拓者たち』『危機の政権』など多数
ノンフィクション作家・評論家。
1946(昭和21)年、高知県生まれ。慶応義塾大学法学部政治学科を卒業。
処女作『霞が関が震えた日』で第5回講談社ノンフィクション賞を受賞。著書は他に『大いなる影法師-代議士秘書の野望と挫折』『「昭和の教祖」安岡正篤の真実』『日本国憲法をつくった男-宰相幣原喜重郎』『「昭和の怪物」岸信介の真実』『金融崩壊-昭和経済恐慌からのメッセージ』『郵政最終戦争』『田中角栄失脚』『出処進退の研究-政治家の本質は退き際に表れる』『安倍晋三の力量』『昭和30年代-「奇跡」と呼ばれた時代の開拓者たち』『危機の政権』など多数
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