広範な視点から現場感覚で冷静に分析
中国は世界の最大の不確定要因となっている。それだけに中国や米中関係に関する本はあふれるほど出版されている。だが、その多くは限られた専門分野について書かれており、中国問題の全容を十分に分析し切れているとはいえない。安全保障の専門家は軍事的脅威を強調し過ぎ、経済の専門家は中国経済を過大に評価する傾向がみられる。米中戦争は不可避だとする超悲観論から、中国は世界のステークホールダーとして積極的に貢献するようになるという超楽観論まで多種多様である。
その中で本書の特徴は、極めて多面的に中国を分析していることにある。著者は英フィナンシャル・タイムズの記者で、同紙の北京支局長を務めた人物である。論理的、文献的な分析に偏ることなく、ジャーナリストの鋭い現場感覚に基づいて安全保障問題からナショナリズムの問題、経済問題、さらに米中関係まで極めて広範な視点から中国を冷静に分析している。
各テーマについてそれぞれ興味深い分析が示されているが、本評では中国のナショナリズムの問題について著者の見解を紹介する。中国に関するすべての問題の底流には、ナショナリズムが存在する。著者は「現代中国をめぐる最も重要な疑問のひとつは、ナショナリズムの大合唱をどう解釈するかだ」と指摘する。さらに「ナショナリズムの発作のサイクルは少しずつ拡大し、少しずつ自律性を持ちながら、政府の制御メカニズムを超えつつあるように見える」と、中国のナショナリズムの危険性を分析する。加えてナショナリズム台頭の背景には「過去の苦痛を糧として永続的な被害者意識を醸成しようとする当局の操作」があると指摘する。また中国のナショナリズムを理解するためには、アヘン戦争から始まる「屈辱の世紀」があることを忘れてはならない。
問題は「むきだしの通俗的なナショナリズムが中国の外交政策を定めているわけではないが、少なくとも政府が後退したり譲歩したりすることを難しくしていること」である。さらに深刻な問題は、中国の統治が「弱い指導者、強い派閥、弱い政府、強い利権集団、弱い党、強い国」と、極めて脆弱な構造になっていることだ。ナショナリズムが暴走を始めた時、中国は制御不能な状況に陥る可能性がある。中国はナショナリズムを使って極めて危険な賭けをしているといえる。
アジアインフラ投資銀行の創設、基軸通貨ドルへの挑戦、米中関係の緊張、領土問題、経済の行方など中国を取り巻く問題は多い。そうした問題の本質を理解するうえで極めて有用な情報を多く提供してくれる。
Geoff Dyer(ジェフ・ダイヤー)
英フィナンシャル・タイムズ記者。中国、米国、ブラジルなどの特派員を経て前北京支局長。ジャーナリズム活動でアジア出版協会アワードなど受賞多数。英ケンブリッジ大学、米ジョンズ・ホプキンス大学で学ぶ。現在、米ワシントン在住。
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