そんな高松市が実行しているまちづくりが、「高松モデル」だ。詳細について、高松市都市整備局交通政策課の皆さんから話を聞いた。
高松市のまちづくりに対する変革のきっかけは、2010年11月に策定した「総合都市交通計画」だったという。2007年に就任し、現在5期目となる大西秀人市長のリーダーシップにより、議論が始まったものである。
同計画にともない、具体的に動き出したのが2013年9月。高松市公共交通利用促進条例の施行だ。
キーワードは「協働」。市、市民、公共交通事業者、そして一般的な事業者それぞれが、「私事として未来の生活を具体的に考えることを目指す」とした。
その中で、高松市は市の予算をしっかり使う施策を「積極的に行う」と記している。当時、公共交通の大規模な変革について、自治体が公言するケースはまだめずらしかったといえよう。
見方を変えれば、高松市の公共交通は、考え方次第で「大きく改善する余地があった」ともいえるのではないだろうか。
鉄道とバスの関係を再構築
もともと、高松市街から放射線状に比較的距離の長いバス路線が走っていたが、その多くが鉄道と並行した路線だった。
そこで、鉄道を軸として、交通結節点となる新駅を作るなどして、路線バスから鉄道に乗り換えてもらうような仕組みを考案。結果的には、バスを減便することになった。ただし、これは一気に進めたのではなく、社会情勢に応じて段階的に実施している。
2019年には路線バスの運転手不足に対応、2021年には交通結節拠点とした琴平線の新駅である伏石(ふせいし)駅を開設。そして本年度は、2024年問題などに対応して路線バスの大幅減便を実施している。
ことでんから高松市に対して、鉄道とバスの乗降データを開示してもらっていることで、施策の実効性が上がっているという。とはいえ、公共交通の利用者の中には、新しい仕組みに対する抵抗感を持つ人もいた。それを高松市は、次のような施策で解決している。
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