「マウントを取る道具」として広まる歪な論文信仰 専門家は「思考と責任」の便利な外注先ではない

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與那覇:私も大昔に『中国化する日本』(2011年)を出したとき言われました。巻末に200冊近く参考文献を挙げているのに、「一般ウケを狙ってこんな本を書く人が専門家とは思えない。歴史学者なら、専門の論文で勝負すべき」とか(笑)。じゃあ聞くけど、あなたは一般書の助けなしで、そうした論文を読めるんですか? としか。

與那覇潤先生
與那覇 潤(よなは じゅん)/評論家。1979年、神奈川県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。学者時代の専門は日本近現代史。著書に『中国化する日本』『日本人はなぜ存在するか』『歴史なき時代に』『平成史』ほか多数。2020年、『心を病んだらいけないの?』(斎藤環氏との共著)で第19回小林秀雄賞受賞。

舟津:そうなんですよ。絶対に論文を読まない人が、はっきり言うと読めない人が、学者は論文を書いて数値を示せと言う。不思議なのは、そうした専門家信仰や論文信仰の前提として、中身そのものを読まないからこそ欲しがっているという側面です。

與那覇:要は「アウトソーシングしやすい専門家」を求めているのでしょうね。「私の立場は専門家と同じだ、だから私は正しい」と思いたいし、周囲にもマウントを取りたい。だけど相手が根拠になってる本を読んで、「いや、その本には統計がないから、信じられない」と言い返してくるかもしれない。

そうしたリスクのない「パーフェクトな専門家」を演じてほしい、ただし自分にも読めるお手軽な媒体で、という欲求があるのでしょう。今いちばんアクセスしやすいメディアはネットだから、SNSの学者アカウントをフォローして「○○先生と違う主張は許さないぞ!」と、勝手に取り巻きを気どる人も出てきます。

舟津:本当に、それがますます進んでいるのが実感されて、怖いなと思っています。しかも求められる領域がマイナーなんですよね。まさに専門家中の専門家じゃないと許さないぞと問われてるような。それこそSNSでいろんなエピソードが散見されます。

社会問題における専門家の役割

舟津:一つの例として、「災害時にお風呂に水をためる」という慣習ってありますよね。それをある専門的な見地から、あれはダメですよ、やめましょうねと言った人がいたみたいで。それが炎上じゃないですけどSNSで論争になったときに、すごくシェアされてたポストが「専門家の意見を聞きたい。誰か、風呂に水をためる専門家を呼んできてほしい」というものでした。

與那覇:風呂の水だけを「専門」にしている学者は、どこにもいないのに(笑)。ネット上のバトルだけが意識を席巻すると、そうした切り取り方になっちゃうんですね。

舟津:それって深い意味で、いろんな専門性がありうるんです。工学なのかもしれないし、建築学かもしれないし、災害の専門家かもしれない。本来そういう社会問題は、多様な人たちが学際的に多様に語るべき話なんです。それを「水をためる専門家を出してこい」と。

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