カーテンの隙間からうっすらと光が差し込む部屋で、こずえちゃんはベッドに横たわっていた。
「こずえちゃん、起きてー。起きてー」
私は泣きながら叫んだ。返事はなかった。それから数日後、彼女は、ひとりぼっちでこの世を去った。
こずえちゃんがいなくなって、新しいホステスさんがやってきた。とてもきれいな人だった。
私が店を出入りするものだから、母は、男性客がホステスさんの体に触ることを忌み嫌っていた。だから、お客さんは、たいていが年配の落ち着いた人たちだった。
だが、一度だけこんなことがあった。母がお客さんのタバコを買いに行ったときだった。酒に酔った見慣れぬ客が、ここぞとばかりにホステスさんの体をベタベタと触りはじめた。
私は、さもしい痴漢を見るような気持ちだったが、彼女はなかなかの強者(つわもの)で、笑顔を浮かべながら、平然と男性をあしらっていた。
おぞましい表情で彼女は宙を見ていた
母が店に戻ってきた。母のことを知ってか、知らずか、男性客はそそくさと用を足そうと席を立った。私はホッとした気持ちになり、それとなくホステスさんに目をやった。
ほんの一瞬だったが、彼女の顔はひどく歪んでいた。絶望と憎悪が入り混じったような、思い出すのもはばかられるような、おぞましい表情で彼女は宙を見ていた。
笑顔と絶望。彼女は屈辱に耐えていたのだ、と思った。そして、こずえちゃんのことがすぐさま脳裏に浮かんだ。喜びの涙。死ぬほど酒を飲んだ彼女の生きづらさ。この相反するふたつの感情は、こずえちゃんという人間の表と裏だったのかもしれない。
私は、小学生時代を、スナックという濃密な空間のなかで過ごした。こずえちゃんとの出会いがなかったら、彼女が偏見を取り除いてくれなかったら、私は、ホステスさんの浮かべた表情の意味、いや、その表情を浮かべていた事実すら、見逃していたに違いない。
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