ポスト・マネタリズムの金融政策 翁 邦雄 著~日銀の理論的支柱による現代中央銀行論

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ポスト・マネタリズムの金融政策 翁 邦雄 著~日銀の理論的支柱による現代中央銀行論

評者 河野龍太郎 BNPパリバ証券チーフエコノミスト

金融政策運営で対処が最も難しいのは、資産バブルである。観測される資産価格上昇や高い成長が、構造変化による潜在成長率向上を背景としたものか、単なるバブルか、リアルタイムでの識別は難しい。潜在成長率が向上したからこそ、資産価格が上昇していると人々は解釈し、利上げを不適切と考える。また低インフレが続くと、低金利政策の長期化を人々が予想するためバブルが発生しやすいが、低インフレであるがゆえに利上げを正当化するのも難しい。

このため、金融政策は一般物価の安定に専念すべきで、バブルについては崩壊するまで放置し、崩壊後に大胆な金融緩和を行えば十分とする考え方が、米国の中央銀行を中心に広く受け入れられていた。しかし、今回の世界的な金融危機が明らかにしたことは、いったん資産価格高騰や信用膨張を通じ金融的不均衡が拡大すると、バブル崩壊後、いかに大胆な金融緩和を行っても、計り知れない社会的、経済的損失を被ることだ。

本書は、日本銀行金融研究所長などを務め、白川方明総裁と共に日銀の理論的支柱であった著者が、バブル対応を始め現代の中央銀行が直面する問題を再検討したものである。中央銀行の責務は物価安定だが、それだけでは不十分で、信用膨張など金融的不均衡の拡大を未然に防ぐことの必要性を論じる。

デフレ脱却策として、中央銀行がリスク資産を購入する非伝統的な金融政策だけでなく、為替レート誘導や政府紙幣発行などの政府の選択肢についても理論的、技術的に検討されている。米国では、リスク資産の購入を中央銀行が行うことは財政政策の領域に踏み込む不適切な対応だとして、議会などは反発する。日本では、国会の議決なしに、日銀が財政政策の領域に手を染めることを強いる政治的な動きがあるが、それは民主主義からの逸脱である。日銀がリスク資産の購入を進めるとしても、自己資本の範囲内にすべきという本書の主張は妥当だろう。

経済学が想定してきた金融政策は、安定した潜在成長率の周辺で経済をコントロールし、物価安定を図るというものであった。しかし、日本では労働人口の減少から潜在成長率は継続的に低下し、成長期待の低下した経済主体が支出を抑制するため、デフレ解消が容易ではない。未知の領域への対応をどうするか。中央銀行の努力だけではデフレ脱却は難しく、政府の実効性のある成長戦略による均衡実質金利引き上げが不可欠とする本書の主張に、評者も賛同する。ただ、政治情勢を見ると、マネタイゼーション戦略という劇薬に政府が近づいていることを懸念せずにはいられない。

おきな・くにお
京都大学公共政策大学院教授。1951年生まれ。東京大学経済学部卒業、日本銀行入行。米シカゴ大学でPh.D.を取得。日本銀行調査統計局企画調査課長、金融研究所研究第1課長などを経て金融研究所長。中央大学研究開発機構教授の後、2009年より現職。

日本経済新聞出版社 2520円 286ページ

  

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