見せ場なかった中国「全人代」の本当は怖い中身 「首相会見の中止」だけでない習近平への超集権

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そうしたなか、習近平政権からの発信で目立つのは「中国経済の前途は明るい」という「中国経済光明論」だ。2023年12月には2024年の重要課題の1つとして「中国経済光明論を高唱すること」が打ち出された。

その旗振り役は、中国共産党内で序列4位の王滬寧(おう・こねい)・中国人民政治協商会議(政協)全国委員会主席だ。国際政治が専門の大学教授だった王滬寧氏は江沢民政権時代から歴代指導者のブレーンを務め、「三代帝師(3代にわたる皇帝の師)」といわれる。

「中国経済光明論」の旗を振る王滬寧氏(右)は3代にわたって中国の指導者のブレーンを務めてきた人物だ(写真:Getty Images)

1月19日に王滬寧氏は東風汽車の社長や工業情報化部部長(大臣)を務めた苗圩(びょう・う)氏、吉利汽車創業者の李書福氏や有力エコノミストを集めた政策勉強会を開催、その場で「中国経済光明論」の重要性を強調した。

王滬寧氏はこれまで習近平主席肝いりの巨大経済圏構想、「一帯一路」のとりまとめなどに活躍してきたとされる。しかし、経済政策への関与が報道されることは従来少なかった。

この「中国経済光明論」は単なる「みんな明るく前向きにやりましょう」というキャンペーンではなさそうだ。それをうかがわせるのは、中国で諜報活動と防諜を担当する国家安全部が中央経済工作会議の直後、関連した動きを見せていることだ。

情報機関「国家安全部」も参戦

反スパイ法による取り締まりも担う国家安全部は、あらゆる活動の上位に国家の安全保障を位置づける習近平政権のもとで存在感を高めている。この官庁が、「中国経済光明論」の登場にすぐさま反応した。中国経済への懐疑論を「中国の社会主義体制や中国の特色ある道を攻撃・否定し続け、戦略的に中国を封鎖・抑圧するための『認知の罠』だ」と位置づける文書を発表したのだ。

この文書では「中国は安全保障を発展より優先している」「外資を排除している」「民間企業を抑圧している」といった西側での議論を「虚偽のナラティブ(物事の語り方)を捏造し、古びた『中国脅威論』を再演するもの」と切り捨てている。そのうえで「経済安全保障分野において国家の安全を危うくする行為を法律に基づいて取り締まる」とした。

こうなると、中国の経済政策や企業経営について批判的に論じることは、中国の経済安全保障を脅かす敵対行為とみなされかねない。実際に、中国国内では証券会社のエコノミスト、アナリストも自由な論評ができなくなっている。学者も「中所得のわな」など当局が忌避する話題を公の場で論じるのは難しくなった。

中国の意に沿わないナラティブは許容しないし、そのための材料など海外メディアに提供するべきではない。そうした発想が習近平政権には強いようだ。首相の記者会見の中止も、この文脈からのほうが「首相の権限縮小」説よりすっきり理解できる。見せ場が乏しかった今年の全人代は、実はそうした強烈なシグナルを発しているように思われる。

西村 豪太 東洋経済 コラムニスト

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にしむら ごうた / Gota Nishimura

1992年に東洋経済新報社入社。2016年10月から2018年末まで、また2020年10月から2022年3月の二度にわたり『週刊東洋経済』編集長。現在は同社コラムニスト。2004年から2005年まで北京で中国社会科学院日本研究所客員研究員。著書に『米中経済戦争』(東洋経済新報社)。

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