「囚われた人々」奪還へ突き動かすイスラエルの教え どんな大きな代償を払っても人命を救う理由

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テロリストとの交渉には応じないというのがイスラエルの鉄則だ。それでもなお、2023年11月には人質解放の取引に応じ、ハマスに監禁されているイスラエル人質1人に対して、イスラエルに収監されているパレスチナ治安囚人3人を釈放する提案を受け入れた。

人質1人対囚人1000人の取引も

かつて、IDF兵士のギルアド・シャリート伍長がハマスに拉致されるという事件があった。長い交渉の結果、5年後の2011年にパレスチナ囚人1000人の釈放と引き換えに、シャリートは生還した。1対1000の取引だった(ちなみに、このときに釈放されたパレスチナ囚人の中に、今回の10月7日の実行犯が含まれていたことが判明している)。

無謀とも思えるこうした取引の背景には、「ピドゥヨン・シュブイーム」(囚われた人々の贖い)と呼ばれるユダヤ教の教えがある。他民族に囚われた同胞を助けるためには、どれだけ大きな代償を払うことになっても最大限の努力をするべきとする戒律である。

これは聖書に明記された律法ではない。紀元70年に国を滅ぼされて以降、約2000年もの間、自らの国を持たずに各地域に離散して生き続け、流浪を余儀なくされたユダヤ民族があらゆる時代・場所で直面した問題から生まれた思想である。

613もの戒律があり「融通の利かない非人間的な宗教」と思われがちなユダヤ教だが、その根底には人命を最優先するという思想がある。

「ピクアフ・ネフェッシュ」(直訳すると「命の監視」)と呼ばれ、あらゆる戒律に勝って最優先される考え方だ。その背景には、何度も民族存亡の機に直面してきたユダヤ人の苦難の歴史がある。

ハマスの奇襲攻撃の翌日にイスラエルが宣戦布告した際、戦争目標を3つ掲げている。①ハマスの壊滅、②人質全員の解放、そして③ガザ地区におけるテロの脅威の排除だ。

最近のイスラエルの世論調査によると、ガザ戦争の優先順位に関して、国民の49%は人質奪還が第1目標だと回答し、32%がハマス打倒と答えている。ハマスを打倒するために戦闘を続けるべきなのか、人質奪還のために休戦を受け入れるべきなのか、イスラエル社会はこのジレンマに揺れ続けている。

戦争が100日を超えたあたりから、戦闘の継続よりも休戦を訴える声が大きくなりつつあった。人質の情報を断片的に出して揺さぶりをかけるハマスの作戦が奏功していると言えよう。

2024年1月半ばには、IDFの主要戦闘部隊の一部がガザ地区から撤退した。広域な地上戦から、ハマス幹部が潜み人質が監禁されている地下トンネルの戦いに戦闘のフェーズが移りつつある。そんな中、今回2人の人質奪還というニュースが飛び込んできた。

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