経済力と軍事力のどちらがより重要か--ハーバード大学教授 ジョセフ・S・ナイ

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中国は外貨準備を売却すると脅すことで米国を屈服させることができるだろうが、そうすれば、中国が保有するドルの外貨準備の価値を減ずるだけでなく、中国から米国への輸出も激減してしまうだろう。そうなれば、中国は雇用と安定を失うことになる。言い換えれば、米国を屈服させようとすれば、中国も返り血を浴びることになるのだ。

経済的な相互依存がパワーを生み出すかどうかを判断するには、“非対称性のバランス”を見る必要がある。それは“金融恐怖のバランス”とでもいうべきものであり、米ソ両国が核攻撃を加えることで相手を破壊する能力を持っていた、冷戦時の軍事的な相互依存に類似している。2010年2月には、中国の人民解放軍の幹部グループが米国の台湾への武器売却に怒り、報復として中国政府に米財務省証券を売却するように要請した。だが、その要求は聞き入れられなかった。

軍事力は依然としてパワーの源泉である

経済力はソフト・パワーを作り出すことができる。強い経済を作り上げることでハード・パワー行使に必要な資金を調達できるだけでなく、ほかの国を引き付け、成功を収めた経済モデルを模倣させることもできる。冷戦終結時のEUと現在の中国がソフト・パワーを持ち得たのは経済的な成功に負うところが大きい。21世紀には、経済力の重要性が高まるだろうが、だからといって軍事力の役割が終わるわけではない。

09年のノーベル平和賞受賞時にオバマ大統領は「私たちは、今の世代で暴力的な対決を撲滅することはできないという厳然たる事実を認めるところから始めなければならない。国家が単独であれ、集団であれ、軍事力の行使が必要であるだけでなく、また道徳的にも正当化されることを知るときが来るだろう」と語っている。

国家間で軍事力を行使する、あるいは行使すると脅す確率が以前より低下しているとしても、戦争の与える衝撃の大きさを考えると、どんな合理的な国家でも高額の軍事的な保険を購入しようとするだろう。中国のハード・パワーが隣国に脅威を与えるなら、彼らは軍事的な保険を求めるだろうし、米国が保険の主要な提供者になるだろう。

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