だからレッドソックス上原は40歳でも輝ける

"雑草魂"を燃やし続けるには何が必要か

5月には日米通算100セーブを記録。なぜ上原は40歳になっても、なお輝き続けることができるのか(写真:日刊スポーツ/アフロ)

海の向こうで今日も熱投を続けている、上原浩治。今期は2勝3敗13セーブ(6月17日現在)だが、4月に「不惑」を迎えた右腕は米大リーグの名門ボストン・レッドソックスでストッパーとしてフル回転している。

巨人のエースから米大リーグに移籍し、2013年にはレッドソックスで世界一に。ポストシーズンに大活躍、息子と一緒にインタビューを受けた幸せそうな姿は記憶に新しい。高校、大学のアマチュア時代には無名で〝野球エリート〟でなかった究極のジャパニーズ・ドリームだ。

高校時代は「補欠」投手、当時無名の大体大受験も失敗

母校の大阪体育大学(大阪府泉南郡熊取町)野球部監督・中野和彦は教え子を「反骨心の塊のような男」と表現する。

「うちに入ってきたとき『4年後のプロを目指さないか』といったら、上原は『無理っすよ』と答えた。でも『一緒に夢見ようや』と契りを交わしたのを覚えている」

上原は、東海大附属仰星高校(大阪府枚方市)では3年まで外野手だった。ピッチャーをするようになったのは3年途中から。だが当時は後に日本ハム入りするエース建山義紀の控えで、打撃投手をする〝補欠〟だった。

しかも、将来の体育教師を志して受験した大体大も最初は失敗している。中野は「不合格だったのは英語の点数が低かったから。でも相当努力したと思う。浪人で予備校に通いながら1年後に合格したときはトップクラスだった」と振り返った。

ただ、大体大は今でこそ社会人、プロに送り込む強豪になったが、当時はプロスカウトからソッポを向かれるほどノーマークだった。

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