開店前に行列も「昭和の純喫茶」の知られざる魅力 「若者やインバウンド客」から人気を集める理由

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「ですから長年そちらを営んできた方が引退されたら、そのお店はいったん幕引きであると考えています。お店は店主の人生そのものなので、その方らしい幕引きがあるのなら見届けて、そこで終わってしまったとしても、それまでに出来た思い出たちを大切にしていきたいと思います」

「物豆奇」店主の山田広政さん。ジャズが似合う洗練された佇まいと穏やかな接客に魅了されるファンも多い(撮影:梅谷秀司)

内装のディティールやカップの1つひとつ。そしてコーヒーを淹れる仕草や、客に話しかける間合い。純喫茶を構成する有形無形の物事の隅々にまで、ひとりの人間の個性が色濃く表れている。そんな場所が今も街角にあり続けていることは、とても貴重で、得がたいことなのかもしれない。

未来に純喫茶文化は残っていくのだろうか? 

時代が変われば、それとともに失われてしまうものもある。誰かがそれを受け継いだとしても、担う人が違う以上、まったく同じものにはなりようがない。それは難波さんが「店主の引退とともに、その店は終わる」という所以だ。

「物豆奇」の外観(撮影:梅谷秀司)

一方で近年は閉店する純喫茶を個人が継ぐ例が増えている。それだけでなく、廃業した純喫茶を居抜きで利用することをコンセプトに多店舗展開したり、老舗純喫茶が商業施設に進出したりといった、純喫茶のチェーン展開化ともいえそうな事例も見られる。これだけ純喫茶が人気になれば、新たに純喫茶を営もうとする人も出てくるわけだ。

「近年は若い方が居抜きで純喫茶を継ぐケースも増えてきましたね。そのお店の常連さんだったり、お子さんであったり、まったく繋がりがなかったのに、その場所に惚れ込んでしまった方も。愛情を持ってお店を引き継いだ店主の方は、また先代とは違う新しい歴史を始められるのだと思います。

加えて本当に純喫茶を愛し、いくつものお店を訪ねた人が、イチから自分らしい純喫茶空間を作り出しているといった話も聞きます。そんなムーブメントも、素敵だなと思います」

過去の文化を参照する際に、オリジナルに対する理解や敬意があるのとないのとでは、新たに生み出す文化の精度が変わってくる。レトロな純喫茶を愛する人が、オリジナルを訪ねたいと思うのは、自然で誠実な態度だ。難波さんの活動は、そんな純喫茶文化を愛好する人の、道しるべとなっている。

「未来の街にどんなかたちで純喫茶の空間が残っていくのかは、私にはわかりません。でも、純喫茶を愛し、今も残る名店に足しげく通ってくれる人が増えていけば、もしもお店がなくなってしまっても、思い出はそれぞれの心のなかで醸成されていくのではないでしょうか。もちろん、外観や内装、その雰囲気を居抜きのまま引き継いで、次の時代に繋げていこうとする方たちの想いも、素敵なことだと思っています」

難波さんは「純喫茶」という文化に焦点を絞り、その魅力を発信し続ける。過去の時代の良きものに触れた人が、どのようにその思い出を育て、未来を作っていくのかは、個人にゆだねられている。

蜂谷 智子 ライター・編集者

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はちや ともこ / Tomoko Hachiya

東京都出身。上智大学大学院文学研究科博士前期課程修了。語学教材の専門出版社を経て2014年よりフリーランスのライター・編集者として活動。住宅・教育分野の執筆多数。1児の母。Facebookはこちら

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