ガザにあるテロ組織の武器庫や司令部などは、地下数百キロメートルにわたって張り巡らされた強固なトンネル内にあります。ここに人質も分散して監禁されています。
人質の数は、2023年10月23日の段階で222人とIDFは発表していますが、外国籍の人も多いため特定に時間がかかっています。特定が進めば、人質の数は今後増えるかもしれません。
作戦の最優先事項は、ガザのテロリストを全滅させること、そしてガザに監禁されている人質を救出することです。
かつてイスラエルはガザで大規模な地上戦を3度行っていますが、そのたびにハマスはガザ領域内に罠を仕掛け、イスラエル側に多大な人的被害を出しました。今回もかなり困難な作戦になると予想されますが、人質全員を奪還するまで妥協することはないと思います。
――今後、パレスチナ問題はどのように解決できるのでしょうか。
現段階で、多くの当事者が提案するのは「2国家共存」です。つまりパレスチナ人の国を作り、ユダヤ人の国イスラエルと切り分ける案です。
パレスチナは、これまで何度も自らの国を持つチャンスがありました。例えば、1947年に国連で採択されたパレスチナ分割案です。けれどもアラブ側がそれを拒否し、イスラエルが独立を宣言すると全面戦争を始めました。
最後にして最大の好機は、1993年のオスロ合意でした。パレスチナが暫定的に自治を始め、警察組織を創設し、それがやがてパレスチナ国家となる計画でした。ちょうどその頃、私はイスラエルに留学していたのですが、これでようやく平和が訪れる、明るい未来が待っていると思っていました。
ところがその直後に何が起きたかというと、ハマスやイスラム聖戦などのテロ組織による自爆テロ攻撃でした。2000年には第2次インティファーダ(イスラエルに対するパレスチナの民衆蜂起)が勃発し、これによりオスロ合意は完全に頓挫しました。
「偉大な」指導者が出現するか
彼らはイスラエルという国を認めるわけにいかないので、テロをもって阻止しました。イスラエルでは、オスロ合意の立役者であるラビン首相が過激派ユダヤ教徒に暗殺されるという悲劇も起きました。こうして最後のチャンスも閉ざされてしまいました。
――パレスチナにはもう明るい未来は来ないのでしょうか。
当面は難しいと思います。最も大きな障壁となっているのは、パレスチナ側に和平を目指すカウンターパートがいないことです。パレスチナの代表は自治政府のファタハですが、機能していません。自国民によるテロを抑えきれない政府と、どうやって話し合うことができるでしょうか。イスラエルは和平を目指そうにも対話する相手がずっといないのです。
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