アメリカの対外交渉力が劣化し続けている TPP交渉で露呈した弱気な姿勢

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報告書における経済的恩恵の評価は過小になっている可能性が高い。

たとえば、90年代後半に始まった米国の生産性革命の大部分は、長い間必要だと言われきた技術の改善や組織改革を、多くの企業が国際競争によりようやく採用せざるをえなくなったことが追い風になった。

日本が農業部門を今よりも開放すれば、同国の経済は米国よりもはるかに多くの恩恵を受けるだろう。日本の消費者は現在、家計の14%を食費に取られているのに対して、米国では6%、英国では9%だ。日本で食料価格が下がれば、消費者の購買力に大きな余裕ができる。

しぼむ自由貿易への寛容性

一方、米国は自由貿易がもたらす地政学的なメリットを享受できる。トータル的には他の国よりも良心的な国である、という印象を米国に対して持ち、同国政府に比較的協力的な国々から成る安定した国際社会を醸成できるからだ。

今、政治的に問題なのは、第2次世界大戦以降、米国に存在していた自由貿易に対する超党派の支持が、ほぼなくなってしまったことだ。そしてそれは、過去20年余りにわたって米国が経験してきた成長の恩恵の大部分が、限られたごく一部の国民にしか行き渡らなかったことが原因である。

労働組合は自由貿易のせいだと主張するが、貿易は格差拡大の主因ではない。自由貿易に対する幅広い支持がなくなった。だから米国の通商交渉担当者は、議会の承認に必要なギリギリの過半数をかき集めるために、狭い視野で企業の利益を考えることを余儀なくされている。米国の交渉姿勢が他のTPP国の目には時にパートナーシップというより搾取のように映るのは、このためだ。

週刊東洋経済2015年5月30日号

リチャード・カッツ 東洋経済 特約記者(在ニューヨーク)

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Richard Katz

カーネギーカウンシルのシニアフェロー。フォーリン・アフェアーズ、フィナンシャル・タイムズなどにも寄稿する知日派ジャーナリスト。経済学修士(ニューヨーク大学)。目下、日本の中小企業の生産性向上に関する書籍を執筆中。

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