「ブルシット・ジョブ」著者が遺作で切り込んだ相手 ベストセラー「ポップ人類史」を根本から批判

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それに対し、グレーバーたちがあげるのが、ロミート2と呼ばれる発見である。イタリアのカラブリア地区の洞窟から発掘された1万年前に埋葬された男性の遺体で、重度の低身長症である希少な遺伝子疾患(先端骨形成不全症)を有していた。おそらく、生前、共同体内では変則的な存在とみなされていただろうし、かれらの生存に必要な高地での狩猟に参加することもできなかったと推測される。

ところが、概して健康状態や栄養状態が悪かったにもかかわらず、おなじ狩猟採集民の共同体は、この人物を乳児期から成人期まで苦心して支え、他の人間とおなじように肉を分け与え、最終的にはていねいに保護して埋葬している。ロミート2は、例外ではない。健康上の障害が高い頻度で発見されるいっぽうで、死の直前まで(なかにはきわめて豪奢な埋葬を示すものもあり、その意味では死後も)、おどろくほど高いレベルのケアがおこなわれていたことがわかる。

矛盾するようにもみえる2つの遺物

とすると、この発見からは、ピンカーとは逆の結論がみちびきだせる。人類とはもともと相互扶助的であり平和的なのである……と、いっていいのだろうか。著者たちによれば、ノーである。かれらは、人類はそもそも相互扶助的であり平和的であるということをいおうとしているのではない。

それでは、この一見、矛盾するようにもみえる2つの遺物から、人間とはどのようなものだといえるのか。これが本格的に問われるのは、第3章であるが、いずれにしてもここには、モノ言わぬ遺物である点と点をどのように人類学的知見がつなぎあわせていくのか、考古学と人類学の協働がどのような威力をもちうるのかがすでに示唆されている。

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