「ブルシット・ジョブ」著者が遺作で切り込んだ相手 ベストセラー「ポップ人類史」を根本から批判

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たとえばスティーヴン・ピンカーである。心理学者であるピンカーは、本書第1章にあるように、暴力をめぐって壮大な人類史を書いている。しかし、かれの暴力論のおおまかな図式には、なにも新奇なところはなく、本書のいう、トマス・ホッブズに由来する神話の焼き直しにすぎない。

つまり、かつて人類は無政府的でしたがって暴力的であったが、「科学的に冷静にみれば」、人類はそれを克服してきた、いまではかつてない平和と安全を享受している、そしてそれは暴力を独占する国民国家によるものである、というものである。こうしたストーリーは、日本語圏でもなんども死ぬほど語られてきて、カラカラに干上がった「常識」ではある。

陳腐なストーリーを「裏づける」証拠

このような陳腐なストーリーを「裏づける」ため、ピンカーはその証拠としてある考古学的発見をあげてくる。いわゆる「チロルのアイスマン、エツィ」である。1991年9月という近年の著名な発見で、オーストリアとイタリアの国境の山岳地帯で、前3350年-3110年のあたりに生きたとされる(新石器時代後期、縄文時代中期前半に相当)男性のミイラがそれである。

当初は、CTスキャンなどで確認される肋骨の歪みなどから、おそらく集落で起きた争いから逃げてきて、負傷と疲労で、発見現場あたりで力尽きたのだろうと推測されていた。ところが2001年には、そのような仮説を覆す、左肩から石とおもわれる鏃(やじり)が発見され、それが死因と断言される。仲間との深刻な争いで、かれは山麓からみずからの集落へ、そしてまた山麓へと逃げていかなければならず、そしておそらく背後から刺されて死んだとされたのだ。

ピンカーはこれを保存状態のよいかたちで発見された最古の人類、しかもおそらく「卑劣な仕方で」殺害されたとおぼしき遺体だとし、それをもって、その時代の人間社会が、かくも暴力まみれだった証拠とみなす。

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