川崎汽船の黒谷研一社長が「戦意喪失」で突如辞任、その背景は…
もっとも、こうしたメッセージとは裏腹に、今回の大震災で川崎汽船が行った支援は、公表ベースでは、義捐金の拠出のみにとどまっている。海運大手他社の日本郵船や商船三井がフェリーや豪華客船、救援物資運搬船を無償で利用に供したのとは差がある。
同社の経営判断の中に黒谷氏の思いはどう反映されたのだろうか。
震災後の4月に、長年慣れ親しんだシンガポールへ行ったことが、黒谷氏に大きな心境変化をもたらしたのかもしれない。もちろん、それがどんなものだったのかは想像できない。
黒谷氏は6月の株主総会まで取締役にとどまる。その後のことを前川会長は「追って決めたい」とのみ述べるにとどまっているが、経緯上、株主総会で取締役に再任されるとは考えにくい。
黒谷氏の後任は朝倉副社長だ。前川会長が指名したのではなく、5月13日午前9時に急遽開催した臨時取締役会で決議した。朝倉新社長は「ナンバーツーというのは常にこのようなこと(=突然の社長交代)はあると覚悟していた。環境は良好とは言えないが黒字決算を目指してがんばりたい。財務体質の強化や選択と集中に取り組みたい。黒谷氏と一緒に作った中計をきっちりやるのが私のミッション。コンテナ船、自動車船、バラ積み船の3事業を強化していきたい」と抱負を語っている。黒谷氏について聞かれると、「はっきりモノを言う、明るいタイプの黒谷氏を見習っていきたい。黒谷時代と同様に、風通しの良い社風にしたい」と朝倉新社長は述べた。
朝倉新社長は1950年7月31日生まれの60歳。神戸大学法学部卒。2000年に鉄鋼原料グループ長。05年取締役。07年常務、09年専務を歴任し11年4月に副社長になったばかり。出身地は兵庫県。趣味は町歩きとB級グルメなどサブカルチャー。座右の銘は「改むるに憚ることなかれ」。
(山田 雄一郎 =東洋経済オンライン)
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