日本企業が優良投資家を集められない残念な盲点 「自己資本」「配当性向」という言葉に透ける課題
何がいい投資で、何が悪い投資かというのは、投資を受ける側である企業の主観となるので、「絶対的にいい」投資マネーがあるわけではない。ただあくまで私が考える「優良な投資家」とは、企業の取り組みを深く理解し、本当の優しさ(ときには厳しいこともある)をもって、事業の時間軸を理解して寄り添ってくれる投資家だ。
短期化してしまった資本市場においてはとくに、「事業の時間軸を理解して寄り添う」という行為は容易ではない。
そのような「優良な投資マネー」はけっして多くはないため、世界中で争奪戦が起こっている。そのような投資家に振り向いてもらえるように、オール・ジャパンで取り組みを強化していかねばならない。
その際にいちばん重要な考え方が「他人のお金を預かっている」ことに対する認識であろう。
「自己資本」は非常に誤解を招きやすい言葉
一般的に、会社が大規模化する際には他者から資金を集めて元手としている。そのなかでも、より幅広く不特定多数から資金を集めているのが上場企業だ。
「ゴーイング・コンサーン」という考え方により、会社がずっと続いていくことを前提にものごとを考えるようになったため、会社を解散してすべての財産を出資者に配分するという機会はほとんどなくなった。そしていつの間にか、他人のお金なのか自分のお金なのかの区別が曖昧になってしまったのだ。
ここを外してしまうと投資家との話がかみ合わなくなってしまうので、少し考察を掘り下げてみたい。
例えば、日本では歴史的に「自己資本」という言葉が使われることが多いのだが、この言葉が非常に誤解を招きやすいので注意が必要だ。日本基準の貸借対照表を見ていただければわかるのだが、実は自己資本という定義はどこにも出てこない。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら