関東大震災100周年とアナキスト大杉栄の人生 流言飛語が生まれた時代、アナキストの思想は

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その大杉は、1923年メーデーの際、パリの北の町、サン=ドニでフランス人労働者の前で突然立ち上がって演説し、そこでフランスの警察に逮捕され、強制送還となる。

大杉栄(写真・共同通信)

最初は中国人と思われ、やがて日本人であることがわかるのだが、パリの労働者たちは彼の逮捕に怒り、大杉を救おうと警察署に押しかける。それが新聞に掲載される。

この逮捕がなかったならば、大震災の後、陸軍の憲兵甘粕正彦大尉(1891~1945年)に逆殺されることなどなかったであろう(甘粕事件)。しかし、大杉はやがて本国送還となり、9月1日大震災に遭遇する。

思想に自由あれ、行為にも自由あれ

確かに震災で死ぬことはなかったのだが、アナキストの活動をよく思わない国粋主義者はあちこちにいた。不幸にも、流言飛語が飛び交い、背後に黒幕がいるのではないかという民衆の恐怖の中で、大杉はその犠牲となる。

しかし、民衆の手によって殺害されたのではなく、官憲の手によって殺害されたのである。その意味は大きい。その際、一緒にいた伊東野枝と当時6歳だった甥の橘宗一も惨殺され、無残にも井戸に放り込まれたのである。

不思議なのは、大杉を含め3人も殺しておいて、首謀者の甘粕が10年の刑期で出獄したことだ。それはその後続いていく右翼によるテロ活動が、不思議なことに重刑とならずに、あたかも愛国無罪のように軽い刑で済んでいったこともある。

大杉栄の死以降、治安維持法が成立し、次第に国家に異論を吐く人々はつねにこうした愛国無罪のテロの恐怖におびえることになるのだ。流言飛語を否定する市民すらいなくなってくるのである。

流言飛語を打ち消すというのは、大杉のように日本脱出でも考えないと不可能な時代になる。

大杉は自由を求めた常識はずれの人物であった。彼が1918年に書いた「僕は精神の自由が好きだ」という短編の最後にこんな章句がある。

「僕の一番好きなのは精神の盲目的行為だ。精神そのままの爆発だ。しかしこの精神さえもたないものがいる。思想に自由あれ。しかしまた行為にも自由あれ。そして更にはまた動機にも自由あれ」

関東大震災100年、大杉栄虐殺100年に、この言葉をじっくりとかみしめたいものだ。 

的場 昭弘 神奈川大学 名誉教授

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まとば・あきひろ / Akihiro Matoba

1952年宮崎県生まれ。慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程修了、経済学博士。日本を代表するマルクス研究者。著書に『超訳「資本論」』全3巻(祥伝社新書)、『一週間de資本論』(NHK出版)、『マルクスだったらこう考える』『ネオ共産主義論』(以上光文社新書)、『未完のマルクス』(平凡社)、『マルクスに誘われて』『未来のプルードン』(以上亜紀書房)、『資本主義全史』(SB新書)。訳書にカール・マルクス『新訳 共産党宣言』(作品社)、ジャック・アタリ『世界精神マルクス』(藤原書店)、『希望と絶望の世界史』、『「19世紀」でわかる世界史講義』『資本主義がわかる「20世紀」世界史』など多数。

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