「インフレ課税」で家計は大損するという根拠 日本政府の膨大な借金は、相対的に軽くなる

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達観してみると、過去二十数年間にわたって苦しんだ日本経済は、デフレによって債権者が得をして、債務者は債務価値を膨らませて苦しんだと言える。そして、輸出企業は先行投資を行いにくくなって、国際競争力を低下させた。

1990年代後半から2000年代にかけて、それまで高い国際競争力を誇っていた半導体産業は、大規模な設備投資を行いながら、集積度合いを高めていく競争についていけなくなった。

他方、同じく90年代後半に通貨危機に見舞われた韓国の半導体産業は、すぐに立ち直り、大規模な設備投資を繰り返して、日本企業を抜き去っていった。韓国はデフレに陥らずに、インフレ調整の力を借りて、企業が積極的な設備投資を行うことができたという見方が成り立つ。

政府債務に関するケインズの恐ろしい予言

ケインズは、資本主義の原動力は投資をするときのアニマル・スピリットだと喝破する。収益機会を追求する動物的な心的衝動が、企業家を突き動かすと『雇用、利子および貨幣の一般理論』(1936年)で語っている。

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ケインズは、インフレは必要悪のように捉えている印象もある。政府債務に関するケインズの恐ろしい予言として、「通貨の価値低下による課税の力は、ローマ帝国が通貨を発見して以来、国家にはつきものとなっている。法定通貨の創造は、政府の究極の隠し球だったし、今なおそうだ。そしてこの道具がまだ手元で使われずに残っている限り、どんな国や政府も、己の破産や失墜を宣言しそうにない」(山形浩生訳)と、『貨幣改革論(お金の改革論)』には記してある。

話を現実の日本に戻すと、日本の財政はどのくらいインフレ課税の作用を見込んでいるのか。内閣府「中長期の経済財政に関する試算」(2023年1月)では、2022~2032年度まで11年間でマイナス19.8%の調整幅であった。この見通しは毎年消費者物価が前年比2%で上昇する見通しに近いものだ。

その一方で、短期金利はほとんど上がらないだろう。つまり、預金金利はほぼ現状維持になり、家計はインフレ課税の犠牲者であり続けると言える。ケインズの言う貯蓄者(投資階級)とは、日本の家計にそのまま当てはまる。

ケインズは、『貨幣改革論』以外の著作でも、金利生活者を敵視しており、インフレの犠牲者だという同情心はない。筆者は、むしろ、インフレ課税の犠牲者である家計は、積極的に資産防衛をしなければ、インフレのえじきになると警鐘を鳴らしたい。

熊野 英生 第一生命経済研究所 経済調査部 首席エコノミスト

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くまの・ひでお

1967年山口県生まれ。横浜国立大学経済学部卒。日本銀行などを経て現職。『本当はどうなの? 日本経済』など著書多数。

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