米国の学者8人、「私なら70年談話をこう語る」 アジアの平和のために何を語るべきか

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<トーマス・フィンガー>

Thomas Fingar ●スタンフォード大学 フリーマン・スポグリ国際研究所特別研究員。専門分野は米国・東アジア関係、中国外交、米国の安全保障

第二次世界大戦が終結し東アジアにおいてこれまでにない平和と繁栄の時代が始まってから70年を数えます。日本は、今とは異なる政治状況を背景に祖先が国家利益を追求した結果引き起こした破壊と人道的悲劇に対して、重大な責任を負っています。しかし、日本は戦後平和政策を追求し、70年にわたる地域的な繁栄と安定に貢献してきた国でもあります。過去は変えられませんし、決して忘れてはなりませんが、焦点をおくべきは、歴史から学び、よりよい未来を実現することです。

アジアにおける一世紀にわたる紛争の行き着いたところが第二次世界大戦でした。この大戦が、幾多の政府が国家主義を追求し、他国民の権利と利益を無視して侵略を繰り返してきた歴史の最終章であってほしいと考えます。長きにわたり、当たり前とされてきた考え方や行動ですが、現代では容認できないものです。もはや、戦争は「やり方は違うが国際政治の延長」というものではないのです。日本は抑止力と自己防衛のための強力な軍事力を維持していますが、日本国民も日本政府も、政治的あるいは経済的な目的達成のための軍事力行使を許しません。

1945年以降、日本は経済を再建し、繁栄を成し遂げ、他国を援助できる立場になった国に期待される責任を積極的に受け入れてきました。それにもかかわらず日本は、軍国主義が復活してきているとか、過去の行為に対して誠意ある謝罪がないとか、根拠のない非難を受けてきました。こうした批判は残念で、公平性に欠けるものです。過去70年間の実績と、将来の実際の行動によって、日本人は評価されるべきです。

日本は過去から重大な教訓を学び、それを活かしてきました。防衛費を抑え、核兵器を持たず、国際法に触れず、国際連合の決定に従い、国の運営を行ってきました。冷戦期には、「自由世界」陣営が打ち立てたルールに基づく自由主義的国際秩序に参加し、繁栄と安全とを勝ち取りました。また、他国の近代化と繁栄のためにも、投資、惜しみない援助、技術とノウハウの移転を行って、貢献してきました。

70年にわたる我が国の行動は、特殊でも偶然でもありません。それは、過去の経験からの教訓と、旧来の国際関係に代わる明確な代替案を示すという我々の揺るぎない決意の直接的結果なのです。日本は、国連安全保障理事会の常任理事国としてリーダーシップを示したいと考えますが、その目標が達成されるまでは、国際的助け合いと慎み深さの模範として行動し続けていきます。

この回想の年に、我々の世代が蒙った破壊、痛み、和解の難しさを、未来の世代も経験することのないよう、共に決意しようではありませんか。世界経済は統合の度合いを増し、相互依存性を高めていますが、現在の制度は21世紀の必要性を満たし、平和と繁栄を持続させるために十分なものではありません。共栄の名をかりた侵略の試みを日本が繰り返すことは決してありませんし、またどの国もそのような行動に打って出てはなりません。しかし、単に過去の過ちを避けるだけでは不十分です。偏見を乗り越え、国境に縛られず、武力行使を不可能なものとする永続的な制度を作り上げるよう努力することが、祖先、我々自身、そして子孫に対する全世界的責任なのです。

我が国には、その努力に参加し、また許されるなら、指揮をとる覚悟があります。目標は、すべての人々の利益を保護し、かつ誰も不利益を被ることのない包括的制度の構築です。アジアは大きく多様であり、あらゆる摩擦の種を取り除き、すべての利益競合を解消することはできません。しかし、すべての国の存亡の危機にかかわる問題と、厄介ではあるが未来の世代まで解決を延期できる問題とは区別できます。この回想の年を和解の年としようではありませんか。また、終戦80年を、アジアがより協働的、包括的、安全となった10周年とするために、共に決意を固めようではありませんか。

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