人間爆弾「桜花」と新幹線0系、その数奇な関係 殉職したはずの「発案者」、実は生きていた

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廠長室には、和田中将と向かい合って大柄な男が座っている。差し出された名刺には「海軍少尉 大田正一」とあり、右肩のところに「第一〇八一海軍航空隊」とペン書きで添えられていた。

和田中将にうながされて、大田が鉛筆書きの設計図を広げる。そこにはプロペラも脚もないグライダー爆弾の姿が描かれ、頭部と尾部からのびた引出線の先には、それぞれ「爆薬」「ロケット」と記されていた。さらに図面の隅には、グライダー爆弾を双発の一式陸上攻撃機(一式陸攻)の機体に吊るした図が添えられている。一式陸攻で運び、敵地上空で投下するということのようだった。

「それで、誘導装置は?」やや辟易しながら、三木は訊いた。

「人間を乗せます」大田は答えた。

「なんだって?」三木は思わず声を上げた。大田の説明によれば、一式陸攻で敵艦の近くまでグライダー爆弾を運び、人間が乗り込み、投下する。あとは滑空しながら搭乗員が操縦し、ロケットを噴かせて敵機の追撃をかわし、敵艦に体当たりする。つまり、人間が誘導装置になるのだという。

技術は人間を助けるためのものなのに、人間の命を機械の一部品として使うような兵器をつくるのは技術への冒瀆だ、と三木は感じた。

「なにが一発必中だ。そんなものがつくれるか! 冗談じゃない」憤然として首を振る三木に、和田中将が、「技術的な検討だけでもしてあげたらどうか」ととりなす。三木は大田に、「体当たりというが、いったい、誰を乗せていくつもりだ」と疑問をぶつけた。

「私が乗っていきます、私が」

気迫に満ちた大田の答えに、三木は不意をつかれた思いがしたという。

発案者が自ら操縦し、“殉職”へ

結局、大田の案は採用され、発案者・大田正一の頭文字をとって○大(マルダイ。○のなかに大)と名づけられた「人間が操縦するグライダー爆弾」――のちの桜花――の設計を、三木が担当することになる。

桜花の開発は順調に進み、桜花特攻の部隊として第七二一海軍航空隊(神雷部隊)が編成される。神雷部隊は1945年3月21日を皮切りに、九州、沖縄にアメリカ艦隊の攻撃に出撃したが、優勢なアメリカ戦闘機に阻まれてその多くが撃墜され、桜花は海軍が期待したような戦果を挙げることはできなかった。神雷部隊の戦没者は、桜花搭乗員55名をふくめ829名にのぼる。終戦3日後の1945年8月18日、桜花を発案した大田正一は、零式練習戦闘機を自ら操縦して茨城県神之池基地を離陸し、空のかなたに消えた。海軍は、大田を「公務死」(殉職)と認定、その存在を抹消した。

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