日本企業が愛する「極端な品質追求」が国を滅ぼす 品質不良ゼロを求めて費用対効果を完全無視…

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この中国側の回答には一理ある。さすがに良品率95%は低いと思うものの、たとえば98%か99%であれば十分で、それを100%にもっていこうと思えば、そのコストは商品価格に転嫁される。それは最終消費者にとっても得策だろうか。

日本企業は設備を丁寧に使い続ける。これを美徳のように語る経営者は多い。しかし、これは新規の設備を導入したときの生産性や利益を計算できていない可能性がある、と私は思っている。さらに、ずっと使うから、逆に困ることもある。補修部品が見つからないのだ。全国の担当者は奔走して代替部品を探したり、なんとか旧来の図面の製品を強引に作ってもらったりしている。このコストは計算しているのだろうか。

品質追求の結果としての現状踏襲

冷静なコスト計算をすることなく、ひたすらに品質追求をしているうちに、現状踏襲に陥ってしまった。品質が少し悪くてもコストを下げられないか、と検討すれば全体を見直す余地がある。しかし、検討しない以上は、既存の踏襲になる。

さらに深刻な背景がある。

半導体の節で引用した装置メーカーのサプライチェーン統括者が教えてくれた。

「これは日本だけの問題ではないと思うのですが……。技術の伝承が進んでいないのと、システムが複雑怪奇になっている。その状態で顧客の要求に応じて次々と新商品だったりカスタマイズ商品だったりを作るでしょう。

すると、以前のモデルを引き継いで設計しなきゃいけない。昔のモデルに古い部材が組み込まれているとします。誰が勇気をもって変更するでしょうか? 同じスペックで新しい部材は発売されていますよ。でもあえて選びはしない。何が起きるかわからないし。変更しなければ、少なくとも動きはします。こういうことを繰り返しているうちに、設計者は全体のシステムの一部分だけを作ることになり、誰も全体像がわからなくなる。

だから『これ何十年前の部材だ?』ってものを探すハメになるんです。もう何世代も前の部材ですよ。そのメーカーの人だって若い営業さんは知らなかったり、すでに在庫も枯渇したりしている」

類似の話を多く聞いた。つまり、納期が逼迫している状況だったとしても、日本企業の多くはただでさえ入手困難な部材を使い続けているのだ。より納期が遅延する土台を自ら作ってしまったといえるだろう。

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