台湾を「統一か独立か」の二元論で議論する危険 「一つの中国」めぐる曖昧な現状が崩れる危機

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――日本は「台湾海峡の平和と安定」を掲げ、現状維持を求める立場です。中国にとって「現状維持」は受け入れがたいのでしょうか。

「現状」の内容次第ではないか。台湾海峡の現状は、誰から見るかによってまるで異なるからだ。

台湾やその友好国から見れば、台湾には中国とは異なる政府と、その政府が統治し、中国とは明確に線引きされた領土や人民が存在して、事実上の独立を保っているのが「現状」だ。

「台湾は中国の一部」だと主張する中国は、「一つの中国」原則が国際社会において尊重され、諸国は台湾の独立を決して認めず、支援もしないのが「現状」だと見る。

例えばアメリカは中国が主張する「一つの中国」原則とは内容が異なる「一つの中国」政策を採ってきた。「台湾は中国の一部」であることを完全には認めず、台湾の安全保障に関与し続けてきた。1979年の米中国交樹立後にアメリカ議会が台湾関係法を制定し、アメリカ政府の台湾防衛への関与が継続したので、中国は一貫してアメリカに対する不満を抱いてきた。

以上の2つの異なる「現状」は突き詰めると両立しないが、これまでは認識の違いを「一つの中国」という言葉で曖昧化することで均衡を保ってきた。中国もこの40年余りの間、「一つの中国」原則と「一つの中国」政策の齟齬を黙認してきた。

しかしこの均衡が近年、不安定になっている。中国が経済発展や軍事力の増強で実力がついたことに加え、日米が「一つの中国」を尊重せず、台湾が事実上独立しているかのように振る舞っているとして不満を募らせ、抗議を繰り返すようになった。 

中国が軍事的にも外交的にも強硬政策を採れば、かえって台湾では反発心が高まり、台湾の自立性や中国との違いを強調する方向へと動く。中国は、独立傾向を強める台湾が日米と関係を深め、民主主義や自由の価値を唱えるのは許しがたいという認識を強めている。

違いを突き詰めてはならない

――日本やアメリカは中国にどう向き合うべきでしょうか。

台湾への軍事侵攻やグレーゾーン事態の継続によって現状変更ができると中国に認識させないよう、日米が関わることは重要だ。一方で、「統一」や「独立」などの原則問題で中国を追い込みすぎて、さらに強硬な姿勢を採らせてしまうことも望ましくない。

台湾が民主化する以前、新冷戦という国際環境の下で中国とアメリカ、西側諸国との関係が良好であった1980年代、中国は声高に「一つの中国」原則を主張していなかった。台湾が民主化し、冷戦後の国際社会においてそれが評価されるようになると、1970年代に各国と約束した「一つの中国」原則があったはずだという主張を強めていった。

中国外交は、自らの主張の実現が難しくなると思えば思うほど声高に唱える傾向がある。近年は、国際社会において「一つの中国」原則が尊重されていないことに大きな危機感を抱いているので、自身の影響力を及ぼしやすい国際会議、多国間外交、二国間外交などの場において「一つの中国」原則を支持する旨の内容が共同声明に盛り込まれる頻度が大幅に上がっている。

台湾独立を支持する諸国が増え、将来的な「統一」の可能性が潰えるのではないかと中国は疑心暗鬼になっている面もある。日米など主要国は「一つの中国」を尊重する基本的な立場は変わっていないことを折に触れて伝えていくことが必要だ。台湾でもこのことは理解されており、主要政治家で直ちに独立すると主張する人はいない。

ところが、中国の台湾独立に対する警戒心は強く、「頑固な台湾独立分子」への批判を繰り返し、近年ではこれらの政治家に対する制裁措置まで発表している。「統一か独立か」という二元論で台湾について議論するのは危険だ。

中国と台湾、そして日米など関係諸国は、維持されるべき台湾海峡の「現状」について認識を異にしつつも、その違いを突き詰めないことで、微妙なバランスを保ってきた。このような構造を念頭に置きつつ、台湾をめぐる国際関係を理解し、日本の役割を考えることが重要だ。

劉 彦甫 東洋経済 記者

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りゅう いぇんふ / Yenfu LIU

解説部記者。台湾・中台関係を中心に国際政治やマクロ経済が専門。台湾台北市生まれの客家系。長崎県立佐世保南高校、早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了、修士(ジャーナリズム)。日本の台湾認識・言説の研究者でもある。日本台湾教育支援研究者ネットワーク(SNET台湾)特別研究員。ピアノや旅行、アニメが好き。

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