『ブラック・スワン (Black Swan)』--予想外のことが実は多い《宿輪純一のシネマ経済学》

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当時52歳だったミッキー・ロークを返り咲かせた名作『レスラー』(2008年)や、現在公開中の『ザ・ファイター』を製作総指揮したダーレン・アロノフスキー監督による10年公開のサイコ・スリラー。

主役のナタリー・ポートマンは、1981年イスラエル生まれ。本作品でアカデミー主演女優賞を受賞した。94年の『レオン』のマチルダ役でデビュー。『スター・ウォーズ』シリーズのアミダラ姫を好演。その後『クローサー』や『マイ・ブルーベリー・ナイツ』等の秀作に多数出演。
 
 撮影の合間を縫ってハーバード大学を卒業。最近、本作品の撮影で知り合った、フランス人バレエダンサーで振付師のベンジャミン・ミルピエと「できちゃった婚」ということで、婚約・妊娠を発表した。この夏には出産予定である。


(c)2010 Twentieth Century Fox

 
 さて、ニューヨーク・シティ・バレエ団の芸術監督のトーマス(フランスの名優:ヴァンサン・カッセル)は新シーズンの「白鳥の湖」を新しい振り付けで公開することを決意する。プリマのベス(ウィノナ・ライダー)を降板させる。その後、彼女は車に飛び込む(悲惨)。

主人公のニナ(ポートマン)は、生まれたながらのバレリーナで、踊りは完璧に近く、そして優等生であった。ニナが次のプリマに抜擢される。バレエ「白鳥の湖」の主役は、白鳥(ホワイト・スワン)と黒鳥(ブラック・スワン)という2つの善悪の相反するイメージを表現しなければならず、大変な実力が求められる。
 
 優等生的なニナは気品あふれる白鳥は心配ないものの、まじめすぎるため狡猾で官能的な黒鳥を演じることに不安を覚える。さまざまなプレッシャーから心のバランスを崩していき、精神的に参ってくる。幻想も見えてきて、苦悩する中、麻薬や同性とのセックスにもはまり、さらに現実と妄想の境目がわからなくなってくる。そして、予想外の悲惨な結末へと向かっていく。

世の中に、このように予想を裏切る現象は多く、それを説明する経済理論を、本当にこの作品と同じ「ブラック・スワン理論(Black Swan Theory)」という。昔、西洋では白鳥はすべて白いと考えられていた。ことわざでも「黒い白鳥を探すようなものだ」などといわれていた。しかし、オーストラリアで黒鳥が発見され、常識が覆った。
 
 このように、ブラック・スワンとは従来の「ポートフォリオ理論」では事前には予想できずに、起きたときの衝撃は大きい現象をいう。レバノン生まれで、博士号を持つ金融デリバティブ専門家・大学教授・作家のナシム・ニコラス・タレブが『ブラック・スワン』という書籍を07年4月に刊行し説明した。全米だけでも150万のベストセラーとなった。

タレブの定義では「ブラック・スワン」には3つの特徴がある。1つは予測できないこと。2つ目は非常に強いインパクトをもたらすこと。そして3つ目は、いったん起きてしまうと、いかにもそれらしい説明がなされ、実際よりも偶然には見えなくなったり、最初からわかっていたような気にさせられたりすることということである。

タレブは、「世界金融危機」についてもその『ブラック・スワン』の中で予見していた。金融機関が巨大化し、危機が伝播しやすくなっており、政府系住宅金融機関等に対して「官僚的なスタッフが、そんなことは起こらない、と考えているから大丈夫……」と皮肉を込めたコメントもあった。少し前では「9.11」、最近では「中東・北アフリカの情勢悪化」、「日本の東日本大震災」もブラック・スワンに当たるのかもしれない。
 
 予想できない事象は意外と多いのである。そういう意味では「バブル崩壊」はつねにブラック・スワンなのである。

彼は、それまでの権威的なもの、官僚的なものに厳しい批判をすることが多い。完全にわかっているという驕りがいちばんよくないということ、いわゆる「無知の知」ということか。実際、人生は予想外のことが多く、予想どおりはありえない。逆に、人生が完全に予想どおりだとつまらないかもしれないが……。


(c)2010 Twentieth Century Fox


しゅくわ・じゅんいち
博士(経済学)・映画評論家・エコノミスト・早稲田大学非常勤講師・ボランティア公開講義「宿輪ゼミ」代表。1987年慶應義塾大学経済学部卒、富士銀行入行。シカゴなど海外勤務などを経て、98年UFJ(三和)銀行に移籍。企画部、UFJホールディングス他に勤務。非常勤講師として、東京大学大学院(3年)、(中国)清華大大学院、上智大学、早稲田大学(4年)等で教鞭。財務省・経産省・外務省等研究会委員を歴任。著書は、『ローマの休日とユーロの謎』(東洋経済新報社)、『通貨経済学入門』・『アジア金融システムの経済学』(以上、日本経済新聞出版社)他多数。公式サイト:http://www.shukuwa.jp/、Twitter:JUNICHISHUKUWA、facebook:junichishukuwa ※本稿の内容はすべて筆者個人の見解に基づくもので、所属する組織のものではありません。

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