70歳「人生1勝9敗」の私が野球少年に見た覚悟 小説『おかげで、死ぬのが楽しみになった』第1話(6)

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「真っ昼間から、やってるな」

板垣の声が弾む。井の頭恩賜公園に併設された野球場では、少年たちが大声を出し、汗を流していた。希さんが、友人のコーチから仕入れた情報を申し送る。

「ミラクルホークスは、ボーイズリーグに所属するチームで、全国大会の常連みたいです。今どき珍しい、勝ちにこだわる厳しい指導で有名なんですって」

「野球で勝負にこだわらなかったら、何にこだわるんだよ。世も末だな」と板垣が嘆く。

フェンスに近づくと、乾いた金属音がグラウンドにこだました。ボールが大きな弧を描き、外野の奥に飛んでいく。バッターボックスの少年はすぐさまボールを要求し、また快音を響かせた。

「彼が4番バッターの腰塚健斗くんです。小学生なのに、甲子園の常連校にも目をつけられている、逸材です」

「僕らの学年の、弓削くんみたいな感じだね」

「都大会のホームラン王か。プロのスカウトが視察に来てたもんな」

野球部のスターは、今頃どうしているだろうか。

恒星と惑星

快音の余韻が残るバッターボックスに、次の選手が立った。小柄で華奢な男の子だった。真剣な表情とは裏腹に腰が引け、上半身と下半身の連動もぎこちなく、素人目にもセンスがないのがわかる。案の定、バットはボールにかすりもしない。

「榎木周くんですね。健斗くんと同じ6年生ですけど、唯一ベンチにも入ってないみたいです」

「エノキみたいに白くて細い、榎木周くんだ」

宮瀬がおどけた声で言うが、私は笑えなかった。彼の不器用さは、自分を見ているようだった。健斗くんというスターと、才能もなく自力では輝けない周くん。まさに恒星と惑星だ。

周くんが一礼をして、バッターボックスを離れる。結局、一球もバットに当てることができなかった。その後、他の選手が素振りをする中、グラウンドの隅を走り始めた。もう、バットすら与えてもらえないらしい。

「あんな彼だって、努力は報われると思うか?」

天国に問いかけた。しかし返ってきたのは、「きっと最後には努力が実って、奇跡の逆転打を放つのさ。くう、泣けちゃう」という宮瀬の妄言だった。

「映画じゃないんだから、ありえないだろうよ」

黙々と走りつづける周くんを目で追いながら、宮瀬の妄想を否定した。

「バットにボールが当たらないのに、逆転なんて無理に決まってる」

グラウンドの熱気にのぼせたかのように、空が赤く染まり始めた。巣立湯の営業がある希さんは一足先に帰ったが、練習はまだ続いていた。

「小学生だから、もう少しぬるくやってるのかと思ってたけどよ」しわがれた板垣の声に、いくらか張りが戻る。「こいつら熱いな」

「集合」と声がして、グラウンドの中央に選手が駆け寄る。ようやく練習が終わるのかと思ったら、監督が白線を引き始めた。20メートルほどの間隔を空けた2本のラインに、子供たちの顔が曇る。監督は右手をパーに開き、「50本」と短く告げた。片方の白線に沿って、選手全員が横一列に並ぶ。監督が手を叩くと、もう一方の白線めがけて一斉に走り出した。ラインに到達すると、すぐさま折り返し、スタート位置まで走って戻る。休む間もなく、また全速力で走り出す。

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