一方、中国政府は目下、経済の再活性化や技術の内製化を図るための外資導入を優先している。しかし1980年代からの市場経済化の経験を踏まえれば、経済を開放するほどに「西側」の思想が流入することは自明だ。
中国社会に普遍的価値が浸透するのを警戒する習政権は、国内外の情報源となりうる海外の華人・華僑ネットワークに対する監視を強化し、中国に批判的な言説を取り締まることで自国に有利な世論形成を画策してきた。
こうした経緯を踏まえれば、外交官らが中国国内のナラティブをそのまま海外でも用いることをためらわなくなったのは、対象諸国の批判を厭わず攻めに出たとも考えられる。習政権は既に「ディスコースパワーをめぐる闘争で西側に勝つ」との方針を固めているのであろう。
安全保障の利益に基づいたディスコースパワーの追求
安全保障の領域もまた、国際的ディスコースパワーの戦場となっている。中国では遅くとも2020年には人民解放軍のなかで「グローバルな安全保障のテーマ設定者となり、グローバルな安全保障話語における主導者となる必要性」が議論されていた。
中国の論者がいう「国際問題を定義する力の優位」、すなわちアジェンダセッティングのパワーを得ることで、闘争のプロセスが最適化されるとの考え方である。例えばこれをウクライナ戦争の停戦の議論にあてはめれば、戦闘行為を「ロシアによる侵略戦争」とするか、「NATOによる圧力への抵抗」と捉えるかでその意味も、終わらせ方も全く異なってくる。
あるいは中国が台湾問題をめぐる問題のすべての責任を、アメリカと「台湾独立派」に求めるのは、こうした「定義する力」の追求である。
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