アメリカ建国の父の逸話に仕事人の本質が映る訳 古典「フランクリン自伝」を読んで学べること

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計画は実行しなければ意味がない。日常生活の中で実行しやすくするために、徳目の数を多くして、その分各項目の意味を狭い範囲に限定して、シンプルな戒律としている。

徳目は困難であると同時に、現実的なものでなければ意味がない。たとえば、7つ目の徳目「誠実」には「嘘をついて人を傷つけないこと」という戒律が添えられている。「嘘をつかないこと」ではないのがポイントだ。利害にまみれた日常の中で、仕方なく嘘をつくこともある。それよりも、人を傷つけるという損失をなくすほうが大切だというのがフランクリンの考え方だった。

さらに面白いのは、13の徳目を修得するために彼が採用した方法だ。一度に全部やろうとすると注意が分散して、どれも実行できない。まずはひとつの徳目に集中し、それを習慣化できてから次の徳目に移るという方法で、ひとつずつ順番に取り組んでいる。

その順番もよくよく考えられている。第1の徳目を「節制」にしたのは、それがすべての徳目の実践にとって基盤になるからだ。節制を身につければ後の徳目の修得がより楽になる。

道徳的な生活の中で知識も得たいと思っていたフランクリンは第2と第3に「沈黙」と「規律」を持ってくる。これで仕事の計画や勉強にあてる時間が増える。第4の「決断」を習慣にできれば、その後は確固たる意志をもって徳目を修得できる。第5の「倹約」と第6の「勤勉」を守れば、早く借金から解放される(借り入れた事業資金の返済は当時のフランクリンにとって重要なテーマだった)。衣食足りて礼節を知る。財務的に自立できれば「誠実」(第7)と「正義」(第8)も実行しやすくなるだろう――明快な論理でつながったストーリーになっている。

フランクリンは「『道徳的に完璧な人間になる』という当初の目標は達成できなかった」と自伝の中で告白している。自分が性格的に規律を守れないことは分かっていた。それでも「懸命に努力したおかげで、人として多少は成長したし、多少の幸せをつかむこともできた」。

フランクリン一流の現実主義と実利主義が色濃く出ているエピソードだ。

社会共通価値の追求

プラグマティズムの人、フランクリンはそれが実利をもたらすのかを基準としてあらゆる判断を下した。

これと一見矛盾するようだが、彼の後半生は自分の商売ではなく公共事業に捧げられている。ペンシルベニア大学の創設はその典型だ。それに先行して、25歳の時にはすでにアメリカ初の公共図書館を設立している。先述したように、これは彼が知的研鑽を積む議論の場としてつくったクラブの図書室を母体にしている。

フランクリンがクラブやその図書室をつくった動機は私的利益に基づいている。知識欲が強く、真理の探究を最上の愉しみとする彼にとって、クラブや図書室は自分の欲求を実現するためのものだった。

図書室にメンバーが蔵書を持ち寄れば自分が持っているわずかな蔵書よりも多くの知識に触れることができる。しかし、それは自分以外のメンバーにとっても同じことだ。私欲といえば私欲だが、それが真っ当な欲望であれば必ず他者にとっても利得になる。フランクリンは幼少時からこの人間社会のポジティブな原理原則を本能的に理解していた。

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