バンコクの鉄道「日本式システム輸出」苦闘の歴史 「上から目線」の技術押し売りはもう通用しない

著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

そんな中、従来のバンコク都市鉄道と異なる規格や整備スキームで2021年に開業したのがダークレッドライン(約27.6km)、ライトレッドライン(約15.2km)である。これらは「バンコク大量輸送網整備事業(レッドライン)」として整備され、総事業費約3320億円のうち約2674億8100万円が円借款、その他はタイ政府予算および他の借款で賄われている。円借款はダークレッドラインの土木工事(高架建設)とバンスー中央駅舎、およびレッドライン全線の電気・機械システム・車両調達が対象となっている。

これら3つのパッケージはそれぞれ、シノタイ・ユニークJV、イタリアンタイ(いずれもタイ)、MHSC(住友商事・三菱重工・日立のコンソーシアム)が受注した。ライトレッドラインは主にタイ政府予算で建設され、土木工事をユニーク(タイ)とチョンウー(香港)のJV、き電システムをMHSCが先述の円借款部分とは別に受注している。

今回も日系ゼネコンが1社も受注していない一方で、電気・機械システム・車両調達のパッケージに入札した4社は、いずれも日系商社を筆頭とするコンソーシアムだったことが特筆される。前例からすれば、欧州企業が出てきて当然と思われるところだ。

レッドラインは「狭軌」で日本優位に

欧州企業が出てこなかった理由は、レッドライン事業がタイ国鉄(SRT)在来線市内区間の改良という性格のものだからである。BTSやMRTと異なり在来線との直通運転を実施するため、集電方法は第三軌条式ではなく架線式、車両も長さ20m、幅2860mmと限りなく日本の通勤電車に近い仕様となった。さらに通勤電車でありながら、設計最高時速160km(営業最高速度は145km)というスペックも求められた。

レッドライン車両
レッドライン開業に合わせて導入された日立製車両。同社のブランド「Aトレイン」規格で製造されているが、EN対応などのオプションも多い(筆者撮影)
レッドライン車内
レッドライン車内。座席がFRP製である以外、見た目は日本の通勤型車両そのもの(筆者撮影)

この程度の車両はどこのメーカーも対応可能である。しかし、カギを握ったのは国際標準軌の1435mmより狭い、軌間1mの狭軌というSRTの線路幅だ。標準軌に慣れた欧州メーカーにとって、これはゼロからの設計になることを意味する。あるメーカー技術者は、「欧州メーカーが最も嫌うのは狭軌の電車。その要求仕様を見ただけで入札してこなくなる」と言う。電車では、台車の狭いバックゲージ内に主電動機、ディスクブレーキなど、多数の部品を収めなければならないからだ。1m軌間は日本の1067mmよりも狭いものの、欧州企業と比べればそのハンディは小さい。

レッドライン事業はSRT在来線の改良であることから、オペレーターは自ずとSRT(厳密には、SRTの電車事業を行う子会社SRTET)となる。先例から見ると、鉄道システムはSRTが別に調達することになるが、財務状況が劣悪なSRTに単独調達させることは事実上不可能であり、鉄道システムに関わる部分も政府予算による公共投資扱い、つまり円借款でカバーされることになった。よって、政治的な采配は入らず、純然たる競争入札制となった。

レッドライン 円借款 看板
レッドラインの一部が円借款で建設されたことを示す看板。レッドラインプロジェクトでは鉄道システム部分も円借款対象であるため、関係企業のロゴがある(筆者撮影)

もっとも、現在のタイの鉄道規格の根本は在来線であってもENであることに変わりなく、さらに米国防火協会規格(NFPA)、国際電気標準会議(IEC)など複数の国際規格に車両を適合させる必要があったという。日本の通勤電車と見紛うようなレッドライン車両であるが、目に見えないところにはメーカーの苦労が詰まっている。

次ページ開業後のメンテナンス支援は行われず
関連記事
トピックボードAD
鉄道最前線の人気記事