バンコクの鉄道「日本式システム輸出」苦闘の歴史 「上から目線」の技術押し売りはもう通用しない
特筆すべき点は、初期のBTS区間を除いて国家予算で建設されていることだ。インフラ部は公共投資として政府が整備する一方で、車両や信号・通信、営業設備、また開業後のメンテナンスなど“上物”と呼ばれる部分の調達はコンセッション契約により民間オペレーターが調達する上下分離方式が採用され、BTSとBEM(バンコク高速道路&メトロ社)が、現在の2大民間オペレーターである。一般にMRTと呼ばれる路線を運営するのがBEMだ。
このうち、バンコク初の地下鉄として2004年に開業したMRTブルーラインの第1期区間、バンスー―フアランポーン間(約21km)の土木工事には2224億2600万円を上限とする円借款(バンコク地下鉄事業)契約が結ばれ、区間ごとにタイと日本の大手ゼネコンがそれぞれJVを組んで建設した。“上物”については、三菱とアルストムの共同受注がほぼ確定していたさなか、シーメンスの政治力により逆転受注されたため、日本の鉄道業界では“黒歴史”として語られる案件でもある。
BTSはシステム一式をシーメンスに固められており(その後信号システム等はボンバルディアに切り替え)、車両も同社が世界展開する都市鉄道車両のスタンダード、モジュラーメトロが導入されていた。よって、「将来的に規格を揃えておいたほうが得策」というごり押し的な営業にタイ側が負けたという見方が強い。バンコクの鉄道整備の仕組み上、車両やシステムは民間調達になるため、競争入札制とはいえコンペ方式に近い形をとっていることも、土壇場での逆転受注を許した要因とも言える。
欧州規格で固められたバンコクの鉄道
しかし、ここで三菱・アルストムが失注したことでバンコクの都市鉄道に対する日本式鉄道システム導入の道が絶えたかと言うと、そうでもない。
というのも、タイの鉄道プロジェクトは、コンサルティングサービスの段階から現地企業が担っていることが多く、日系企業はほぼ参入していない。とくにバンコク地下鉄事業の入札図書は現地の欧米系コンサルによって作成されており、この時点で欧州規格での建設は固まっていたわけだ。日本側としては開業後のメンテナンス受注などを視野に入れていたようではあるが、“上物”の調達時に三菱・アルストムが共同で動いていたことからも、電機品のみ三菱が納め、アルストム製の車両、そして信号・通信システムが導入されていたことだろう。もっとも、このプロジェクトでの失注は、後のSTEP制度策定のきっかけの一つにもなっている。
MRTブルーラインは2020年3月に2期区間の約26kmが完成して全線開業を迎えたが、2期区間は難工事となったチャオプラヤ川の下を通る地下区間を含む全ての土木工事をタイのゼネコンが受注、“上物”部分についてもシーメンスが受注し、日本の出る幕はなかった。もはや土木工事ですら、日本企業が受注できない時代に突入している。シノタイ、イタリアンタイなどに代表されるタイの巨大ゼネコンは、円借款で建設が進むバングラデシュのダッカMRTの一部区間の土木工事も受注するなど、日本企業を凌ぐ勢いで成長している。
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