バンコクの鉄道「日本式システム輸出」苦闘の歴史 「上から目線」の技術押し売りはもう通用しない
加えて、現在進行中で日本側にとって頭の痛い問題がある。それは、開業後のオペレーションやメンテナンスの面である。
これまでのバンコクの都市鉄道整備では、メンテナンスは外注され、車両納入メーカーなどが請け負っていた。しかし、レッドライン事業ではSRTの財政的問題や長い鉄道運行の歴史を持つSRTの高いプライドも影響し、オペレーションやメンテナンス支援のパッケージは用意されなかった。
SRTは客車長距離列車の運行には慣れているが、都市を高頻度で走る電車運行のノウハウは欠けている。子会社のSRTETは以前、空港アクセス鉄道のエアポートレールリンクも運営していたが、開業後数年で部品購入予算の不足とメンテナンス不良、それに伴う車両不足で、時速160km運転を行う急行の運転が無期限休止となった経緯がある。そのずさんな運営体制が問題となり、現在では運営権が民間会社のCP連合に移されている。
レッドラインでも同様の事象が起こり得るため、JICAを中心としてSRT側に働きかけているそうだが、議論は平行線のままという。タイ側からすれば、あくまでも日本は金貸しの立場に過ぎない。余計な口出しをするなと言われてしまえばどうすることもできない。これもまた、「オールジャパンによる鉄道インフラ輸出」の難しさである。
「上から目線」との決別を
タイでは経済発展の結果、自国予算による鉄道整備が実現しており、土木工事も自国企業が担っている。一方で、鉄道産業がまだ発展していないことから、“上物”部分のみを海外の企業が請け負っている。このようなバンコクの鉄道インフラ輸出の事例を見ると、「日本が援助してやらなければならない」という“大東亜共栄圏”的思想がもはや通用しないのは自明だ。戦前、戦中の東南アジア観を体現するような「オールジャパンによるインフラ輸出戦略」がいかに時代錯誤的であったかがわかる。
いま求められるのはこのような“上から目線”ではなく、対等な東南アジア諸国との関係だ。つまり、日本の技術の押し売りとの決別である。今後、「オールジャパン」から「コアジャパン」への変革の中で、完全日本仕様の車両やシステムをそのまま輸出するスタイルはあまり通用しなくなり、今後は海外メーカー+日本の重電メーカーという組み合わせがさらに増えるだろう。
一方で、世界の多くの鉄道で技術標準がENに固められてしまっていることは、日本にとっては不運としか言いようがない。「日本タイド」が減少していく中、日本企業のEN対応は避けて通れないものになる。しかし、ENは日本企業にとってブラックボックス的な面があり、メーカーは膨大な労力と資金を投じて認証試験を受けているのが実態だ。
ENは欧州各国が自国の産業を守るために制定していると言っても過言ではなく、本来、メーカー単独で太刀打ちできるものではない。今後も日本製車両の導入を目指すならば、日本政府がしっかりとメーカーをサポートすべきである。シーメンスや中国中車に代表されるような国策企業のない日本にとって、政府による周到なロビー活動が肝要であることは言うまでもない。ただ、従来のような「日本の鉄道システムは安全、安心、正確」という御託を並べるだけでは全く通用しないということは肝に銘じておくべきだ。
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