「夫が隠す心の内」余命わずかの妻が下した決断 カンヌ受賞のモロッコ映画が描くタブーと文化
本作でカフタン職人を主人公とした理由についてトゥザニ監督は「残念ながらモロッコではカフタンづくりは衰退の一途をたどっています。技術の習得に長い時間がかかるということも原因のひとつでしょう。
私が思うに、伝統工芸とは自分が何者かを教えてくれるDNAの一部であり、次世代に伝えるべき宝物です。速さが優先される現代社会ですが、私は伝統の手仕事を守る人々を見つめ、尊敬の念を作品で紹介したかった」と明かす。
その言葉通り、青いカフタンが少しずつ完成していくさまを見つめる中で、登場人物たちの思いが少しずつ浮かび上がっていくような仕組みとなっている。
昔ながらの手仕事にこだわり、完璧を求めるがゆえに作業が遅れがちで、客から急かされることも多い職人肌の男ハリムと、接客係として夫を全身全霊で支え、生きることに不器用な彼を、時には母のような愛情で包み込む妻のミナ。
25年連れ添い、しあわせに暮らしていた2人だったが、彼らのもとにユーセフと名乗る若い男が助手として働き始めたことで波紋がわき起こる。
芸術家肌のハリムの美意識に共鳴し合うユーセフ。そんな2人のまなざし、2人の間に流れる空気感、仕草などにただならぬものを感じ、ミナは思わず嫉妬心を抱いてしまう。だが自身の余命がわずかであることを悟った彼女は、大きな決断を下すことに——。
インスピレーションを受けた出会い
ジャーナリスト出身のトゥザニ監督は、人間の心の奥底にある複雑さを真摯に見つめ、その感情を丁寧にすくいあげる。本作のインスピレーションの源になったのは、前作のロケハン中に出会ったという美容室を営む男性だったという。
その男性と話す中で、“普段、男として他人に見せている顔と、その心の奥底に隠れている本当の自分の顔とを使い分けていることに気づいた”トゥザニ監督は、「彼が隠す“何か”は本作の核になった」と振り返る。
そんな本作を読み解くためには、モロッコの社会背景に少しばかり触れる必要がある。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら