Netflix世界1位の韓国「キル・ボクスン」なぜ強い 主人公は殺し屋兼シンママ、パクり疑惑は?

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これはどうやら、コロナ禍の強制隔離が必要だった時期に撮影がぶつかり、日本人の役者に代わる人物を急遽探す必要があったことが背景にあります。この経緯についてもビョン・ソンヒョン監督が話しており、ダメもとであたるもファン・ジョンミンは「台本も読まずに」即答してくれたのだそうです。そんなピンチを救ったエピソードを知れば、大目に見ることはできそうです。

既得権益に対する皮肉を込める

映画「キル・ボクスン」は公開前から期待値の高い作品として注目もされていました。今年行われたベルリン国際映画祭に招待され、多様性のある作品が選出されるベルリナーレ・スペシャル部門でワールドプレミア上映を果たしただけでなく、上映時に1800席ある会場を満席にしたそうです。

評判も上々でそんな勢いのまま3月31日から全世界独占配信されると、Netflix公式人気ランキングの映画作品(非英語)の中で初登場世界1位をマークし、公開からわずか3日間で1961万時間再生、82カ国でTOP10入りしています。特にアジアで人気を集め、自国の韓国をはじめ、香港、台湾、インドネシア、マレーシア、ベトナムの6カ国でTOP10ランキング1位の実績を作っています。

キアヌ・リーブス映画との類似点を指摘されたりと、脇が甘い部分は確かにありますが、それでもこれだけ強いのは、世の中にはびこる既得権益に対する皮肉が容易に読み取れることも大きいです。単純なアクションと感情移入しやすいヒューマンを織り交ぜるだけでなく、韓国お得意の社会の矛盾を突く作品でもあるのです。

本編で描かれる暗殺業界では、世代交代が進んでいるのにもかかわらず、地位と権力を決して離そうとしないベテランの殺し屋たちが牛耳っています。既得権益を守るのに必死な彼ら彼女らの姿はある意味滑稽です。現実の世界にも当てはめることができ、ある程度歴史のある業界で国を問わず同じようなことが起こっていますから、生々しい話として見ることもできます。

ビョン・ソンヒョン監督曰く、そんな理不尽な世界に対して出した答えは「自分に忠実であること」だったそうです。登り詰めてしまうと、そんな当たり前のことが忘れがちになってしまうのかもしれません。伝説の殺し屋としてもてはやされるキル・ボクスンにとって、それに気づくきっかけにあったのが、10代の娘の存在だったと解釈できます。ラストまで見ると、きっと腑に落ちるはずです。

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長谷川 朋子 コラムニスト

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はせがわ ともこ / Tomoko Hasegawa

メディア/テレビ業界ジャーナリスト。国内外のドラマ、バラエティ、ドキュメンタリー番組制作事情をテーマに、テレビビジネスの仕組みについて独自の視点で解説した執筆記事多数。最も得意とする分野は番組コンテンツの海外流通ビジネス。フランス・カンヌで開催される世界最大規模の映像コンテンツ見本市MIP現地取材を約10年にわたって重ね、日本人ジャーナリストとしてはこの分野におけるオーソリティとして活動。業界で権威ある「ATP賞テレビグランプリ」の「総務大臣賞」の審査員や、業界セミナー講師、札幌市による行政支援プロジェクトのファシリテーターなども務める。著書は「Netflix戦略と流儀」(中公新書ラクレ)。

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