元宝塚「華麗なる世界、実力主義」転身後のリアル スターへの夢はかなわなかったが、経験は生きる
――トップスターになれる生徒はほんの一握り。自分はそこに行けないかもしれない、と思った時に、頂点を目指す以外に自分の個性を生かせる立ち位置や役割を見つけていくことも大切になる。早花さん自身はどうでしたか?
「私は自分自身が宝塚ファンでしたので、その舞台に立てることが単純に嬉しかった。目標が低かったのかな、と(笑)。音楽学校に入った途端に、べらぼうに綺麗な人や、すごい才能のあるスターさんを間近に沢山見るので、早々に私には無理だ、トップ娘役にはなれないと思っていました。
でも、セリフをいただいたり、憧れていた役をやるのは単純に凄く楽しい。下級生が目立つ役をやっていて、羨ましいという気持ちや悔しい思いもあるのですが、お稽古しているとだんだんその役が好きになってきて、大勢口でやるお芝居にも喜びを感じていました」
――著書に登場される元月組男役の中原由貴(宝塚時代の芸名は煌月爽矢)さんは、「絶対にスターになりたかった」と話し、オーディションに落ちた時に泣き明かしたエピソードも明かしています。一方で、星組男役を経て一芸に秀でた「専科」として活躍した美城(みしろ)れんさんは、“おじさん役”など脇役に面白さを見出して専門性を究めていく道を振り返っています。
「頂点を諦めずに登っていくのも一つの道。なれなかったらカッコ悪いとか、ガツガツした姿を見せたくないと思う人もいる中で、最後までスターになりたかったとハッキリ言える人はかっこいいと思う。たとえ夢が叶わなくても誰も笑わないし素敵ですよね。一方で、夢を諦めたから、というわけではなく、脇役を極めることを心から楽しんでいる方も沢山いらっしゃいました。小さな役でもいろいろと工夫を凝らすことで、お芝居の絶妙なスパイスになることがある。それも舞台の魅力だなと思います」
――その中原さんは卒業後に単身で台湾に渡り、語学を学びながら現地でモデルとして活動。美城さんはハワイ島へ移住し新生活をスタートさせています。国境を軽やかに飛び越えて道を切り拓いていくバイタリティーは宝塚で培ったもののように感じますが、早花さんが思うタカラジェンヌの一番の「強み」とは何だと思いますか?
「『自分と向き合う力』、そして『へこたれない強さ』でしょうか。宝塚音楽学校の、特に予科(1年)生時代はすごく大変な生活もするのですがそれを乗り越えたという心の底力。さらに劇団に入り、個性の塊のような仲間達と舞台を作る経験、切磋琢磨するなかで自分自身を鍛え上げてきたことは、その後の人生のどんな局面でもやっていけるような自信になっていると思います。自分の欠点を直視しなければいけない世界で、取材した9人はそれぞれに落ち込んだり、挫折を味わったりしながら、それでも逃げずに自分と向き合ってきた。だからこそ、エネルギッシュに未来へ進めているのだなと思います」
――早花さんも文筆業というセカンドキャリアに一歩踏み出しました。この取材を通し、元タカラジェンヌの9人に背中を押してもらった部分もあるのでは?
「そうなんです。宝塚が大好きでしたし、ある意味で達成感もあって、卒業した後は“余生”のようなものだと思っていました。年齢的に30代後半でもあったので、新しいことなんて始められるのだろうか?という迷いもありました。ところが、取材させてもらった方は誰一人、年齢のことなんて気にしていませんでしたし、とにかくエネルギーにあふれていた。
9人の中には元雪組トップスターの早霧せいなさんなど、トップを経験した方もいらっしゃるのですが、特別な才能がありながら、感覚や心持ちはすごく地道で堅実。それでいて過去にとらわれず、未来を見つめて追い求めている。自分もまだまだ挑戦しなくてはいけないな、と背中を押してもらった気がします」
記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
印刷ページの表示はログインが必要です。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら
無料会員登録はこちら
ログインはこちら