フォールト・ラインズ 「大断層」が金融危機を再び招く ラグラム・ラジャン著/伏見威蕃、月沢李歌子訳 ~金融危機を構造分析 回避の処方箋を提示
かつて大規模なバブルの発生は、60~70年周期といわれていた。しかし、米国ではわずか10年足らずの間に、ITバブル、住宅バブルと世界経済を揺るがすバブルが頻発している。
著者は、米経済が住宅ブームに沸いていた2005年に、「金融システムの発展は世界を危険にしたか」という論文を発表し、今回の金融危機の発生を的確に予想していた正統派経済学者の一人である。本書では、危機の直接の震源地となった金融にとどまらず、より広い観点から、危機を生み出した政治構造や世界経済構造を分析し、危機を避けるための処方箋をわかりやすく論じている。
バブルが連鎖する理由の一つには、中央銀行の積極的な金融緩和がある。日本のようなデフレを避けるため、というのが定説だが、著者は近年の景気回復で失業問題が解消されないことが、中央銀行への大きな政治的プレッシャーになっていると指摘する。さらに、その失業問題は単純な需要不足問題ではない。技術革新の影響で、高等教育を受けた熟練労働者への需要が世界的に高まっているにもかかわらず、供給が増えていないのである。こうしたミスマッチによる失業問題は金融政策で解消できないが、無理に対応しようとして極端な金融緩和が行われ、バブルの温床となる。
雇用のミスマッチは、別の経路でも住宅バブルに影響した。1990年代以降、大きな問題となっている所得格差の原因の一つは、不足する高学歴労働者の所得上昇だった。米国では伝統的に所得再分配に抵抗が強く、所得格差問題に対しクリントンやブッシュ政権が取ったのは、低所得者向けローン拡充による持ち家推進政策であった。
政府が積極的に推進したため、大量の民間金融機関が低所得者向けローンビジネスになだれ込んだ。皆が住宅購入に走るため価格は高騰し、価格上昇による返済を前提としたローンが大量に組まれ、金融規律は大きく損なわれた。ITバブル崩壊後に取られた超低金利政策も価格高騰を助長した。所得が低く、本来なら住宅ローンを組むことができない人たちが多大な借金を抱えてしまったのである。
評者の分析では、米国の過剰債務問題の解決はまだ5合目に達していない。経済の正常化には相当な時間がかかる。本来なら、本書が提案する教育改革や社会保障制度改革などの構造改革を進めるべきだが、それらは痛みを伴う。残念ながら、即効性のある追加財政や金融緩和が求められ、それが新たな世界的危機につながるのだろうか。昨年秋に量的緩和第2弾が始まった後、原油や穀物の価格高騰が進んでいるのは気掛かりだ。
Raghuram G. Rajan
米シカゴ大学経営大学院教授。1963年インド生まれ。米マサチューセッツ工科大学(MIT)で博士号を取得。2003年に最年少で国際通貨基金(IMF)のチーフエコノミストに就任したほか、インド財務省、世界銀行、米連邦準備制度理事会(FRB)などの顧問を歴任。
新潮社 1995円 318ページ
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