夫婦2人で暮らしている80代のAさん(夫)と妻。私は末期がんのAさんの在宅医として関わり始め、2人の生活を見守ってきました。
Aさんについて、医師やケアマネジャーとのやり取りの窓口(キーパーソン)として支えているのは、Aさん夫婦宅の近くに住む娘さん(50代)です。週に一度ほどのペースで実家を訪れて2人の様子を見ている娘さんですが、最初は訪問診療が入ることをなかなか受け入れられず、「今の父は1人でも通院できるのだから、訪問診療は必要ない」という姿勢でした。
処方薬を目の前に混乱する母親
がん末期は、短期間のうちに症状が大きく変化します。これは連載6回目の記事(家族ががん終末期、いつ介護休暇を取得すべきか)でも説明した通りです。たとえ今、体を自由に動かすことができたとしても、動けない状態に変化するスピードが思った以上に早い場合が少なくありません。
「今は動けているから大丈夫」と思っていても、それが2週間後も同じ状態でいられるとは限らないのです。そのため、がん末期では、通院がまだ難しくない状態から在宅医が関わることがあります。
Aさんの娘さんも、そうしたがん末期の症状の変化について、通院していた病院の主治医から説明を受けていたはずですが、現実を受け入れられない気持ちが勝っていたのでしょう。「訪問診療が入るのは、もっと後でいい」と言う娘さんをなんとか説得する形で、在宅での診療がスタートしました。
ところがAさん宅に通い始めてひと月ほど経った頃、妻の記憶力が低下していると感じるできごとに遭遇しました。妻は高血圧や糖尿病などで、近くの病院でいくつかの科にかかっています。私が訪問したとき、妻は病院で処方された複数の薬を前に、「今は何を飲むんだったっけ……?」と途方に暮れていました。
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