男の名は林田コータ。ここ数年、人気急上昇中のお笑い芸人である。玲司の質問に思わず答えてしまったのは、彼らのネタの中に、まったく同じくだりから始まるものがあるからだ。
「その微妙に意味のわからないボケ! 間違いない! ポロンドロンの……」
玲司はここまで言って、声をひそめた。まわりにはたくさんの一般客がいる。
「……林田コータさんだよ」
玲司は、菜々子と沙紀ににじり寄って小声で耳打ちした。
だが、どうやら玲司の興奮は二人には理解されていなかった。菜々子に関しては、あからさまに首を傾げている。なぜ、いきなり「アメリカ屋」という単語が出てきたのかがわからないのだろう。
そんな菜々子の疑問を察してか、玲司は、
「『米』ね、『米』って書いて『アメリカ』って読む時もあるだろ? だから、通りすがりの『米屋』ですってのを『アメリカ屋』って言ってボケたわけ」
と、説明した。説明しなければ伝わらないボケが売りの芸風なのである。
「なるほど」
「確かに、言われてみれば……」
「どっかで見たことあるなぁ」
菜々子と沙紀がやっと納得の表情になる。
「どっかで見たことあるなぁ、とは思ってたんだけど……」
納得しても、興味があるかといえば、そうでもなさそうだった。もし、それが相方の轟木だった場合は別かもしれない。同じコンビなのに世間的に人気があるのは轟木の方だからだ。
だが、玲司にとって轟木も林田も憧れの芸人には違いがなかった。興奮冷めやらぬ様子で浮き立っている。
「芸人グランプリ、優勝おめでとうございます! 俺、知ってますよ、五年前に轟木さんが芸人グランプリで優勝するって宣言してるんですよね。ホント、すごいです。あ、あの、サイン、サインしてもらってもいいですか?」
「あ、えっと……」
「あ、すみません! 興奮してしまって! プライベートですもんね? すみません、俺も、その、芸人を目指してるので、なんか、すごい、テンション上がっちゃって……」
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