テラス席も昼間であれば、まだこの季節でも寒いというほどではない。この日は特に風もなく、紅葉を眺めながら過ごすひとときは格別である。
パフェを提供した後、函館の見どころでも聞かれたのか、玲司はしばらくカップルと談笑して戻ってきた。
「オーディションはどうだったの?」
「今回のネタはかなりいい線いったと思う」
菜々子が聞くと、玲司は胸を張って答えた。
玲司はお笑い芸人を目指していて、時々、デビューを夢見て東京にオーディションを受けに行っている。だが、これまで一度として受かったためしはない。
そんな成り行きをよく知る沙紀が、
「まだ、芸人になるためにわざわざ無駄なお金使って東京までオーディション受けに行ってんの?」
と、ため息まじりにつぶやいた。
「無駄なお金じゃないです! 投資! 未来への投資です!」
「もうあきらめたら? 玲司くん、才能ないよ?」
ここでも、歯に衣着せぬ物言いは健在である。むしろ、つきあいが長い分だけ厳しい。
だが、玲司も負けてはいない。
「そんなことないです!」
「だって、ね?」
結果が伴ってない、と。
沙紀の発言に乗じて、菜々子も、
「才能はない」
と、言い切った。
「おい!」
(お前まで一緒になってハッキリ言うな!)と玲司がツッコミを入れる。
しかし、菜々子の言葉には続きがあった。
「でも、それでもあきらめないのは才能だよ」
「嬉しくなーい」
菜々子は励ましたつもりなのだろうが、励ましになっていなかった。
しかし、こんな会話もいつものことである。沙紀は本気で玲司に芸人をあきらめさせるつもりかもしれないが、玲司は沙紀の発言を冗談だと思っている節がある。夢見る若者には、暖簾に腕押しなのかもしれない。
その玲司が、幸の持っている例の本に気づく。
「お、今、何問目?」
「五十八」
「隠し子がいるやつだ?」
玲司が番号だけで内容を言い当てる。
沙紀が目を丸くして、
「覚えてんの?」
と、頓狂な声をあげた。
「こんなの一度読めば覚えられますよ?」
「芸人以外に、その才能を生かせる仕事があると思うんだけど……」
「もういいです!」
玲司はそう言って話を終わらせたが、菜々子は(そうなんですよね)と沙紀の意見に一票投じていた。
「ポロンドロンの林田さんじゃないですか?」
そんな大人のやりとりも、幸には関係ない。
「どっち?」
と、玲司に答えを迫った。
「うーん、そうだな……」
玲司は自分でやった時に一度答えは出していただろうが、幸を前に、ここはあえて悩んでみせた。こんなやりとりを幸が楽しんでいることを知っているからである。
ふと、玲司の目が向かいに座るサングラスの男を捉えた。同時に、男は挙動不審に両手で顔を隠した。
「林田さん?」
玲司がつぶやいた。
「あ、えっと……」
「お笑いコンビ、ポロンドロンの林田さんじゃないですか?」
「いえ、通りすがりのアメリカ屋です」
応じて、男は「あっ」と声を漏らした。
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