「防衛3文書」対中劣勢で打つ拒否・競争戦略の本質 防衛費をGDPの2%に引き上げる要諦は規模にあらず

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日本の防衛戦略の核となる考え方は、対中劣勢を前提とした戦略環境の中で、短・中期的目標としての拒否戦略を繰り返すことによって、長期的な目的としての競争戦略を成就させることにある。2030年代により安定的な戦略環境を達成するためにも、この10年間を拒否戦略によって現状維持(status-quo)することに重点が置かれている。

日本の防衛戦略としての競争と拒否

ただし、中国の能力が系統的に伸長する動態的な安全保障環境の変化の中で、現状維持はより積極的な拒否戦略の展開によってのみ達成可能である。そのために取り組むべきことは数多いが、以下の3つの要素をとりわけ重視したい。

第1は、拒否戦略を発揮する空間の拡大(=戦域拒否能力)を確立することである。相手の作戦を近接防御によって逐次対応するのではなく、より遠方の洋上戦力や地上の指揮統制能力や策源地を攻撃する能力によって、相手の統合作戦能力を阻害し、戦略計算を複雑化させることが重要となる。

アメリカ軍の戦域内作戦(in-theater operation)能力の向上はこの戦域拒否能力の核心である。日本の先進的なスタンド・オフ防衛能力の獲得と反撃能力は、戦域拒否能力の一貫として捉えることが最も適当である。

第2は、領域横断作戦能力の強化と、持続性・強靭性・抗堪性の抜本的強化である。前者については宇宙・サイバー・電磁波領域を横断的に装備・指揮命令体系に取り入れ、無人アセットを大胆に装備化する必要がある。後者では弾薬燃料などの確保、有事における機動展開能力、重要インフラの防護、自衛隊およびアメリカ軍基地の防護機能を、高烈度(ハイエンド)有事を想定した水準に高めることが重要である。

こうした施設・区域が使用不能になった場合の、代替しうる国内空港・港湾施設を整備し、アメリカ軍や同志国における施設共同使用を通じて、自衛隊アセットの分散配置を推進することも重要である。

第3は、日米同盟の一層の強化とインド太平洋におけるパートナー国との安全保障協力を競争・拒否戦略の目的に沿って拡充することである。日米同盟の抑止力・対処力は拒否戦略・競争戦力の基軸となる。またオーストラリア・韓国・フィリピン・シンガポールは、アメリカ軍の拒否戦略を支えるパートナーとして重視すべきである。これら同志国と競争・拒否戦略を共有することによって、戦略の効果を一層高めることができるだろう。

こうした拒否・競争戦略を積み重ねていくことによって、日本の防衛だけでなく「インド太平洋における力の一方的な現状変更やその試みを抑止し、ひいてはそれを許容しない安全保障環境を創出」することが日本の安全保障戦略の目指す方向性である。

(神保謙/慶應義塾大学総合政策学部教授、国際文化会館常務理事、APIプレジデント)

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