命奪われた被害者遺族が作る「人型パネル」の意味 年内閉館「いのちのミュージアム」が果たした役割

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「生命のメッセージ展」という活動が始まったのは、2001年のことだ。

前年4月、神奈川県の鈴木共子さん(73)は、早稲田大学に入学したばかりの1人息子、零さん(当時19)の命を奪われた。相手は、飲酒・無免許・無車検・無保険という悪質運転者。暴走する車に跳ねられた零さんは19メートルも飛ばされ、一緒に歩いていた友人と共に亡くなった。

「息子を生かし続けたい、このまま終わらせたくない」

環境やジェンダーなど社会問題をテーマに大型の立体作品を発表する造形作家の鈴木さんは、ほかの遺族も自らの手で生み出せる「アート」で世に問い掛けることに決め、「メッセンジャー」を考案した。真っ白なパネル、生前の写真、生きた証しとしての靴。見る人に想像力をかき立ててもらうため、余白を残し装飾を排した。

常設展示室では、無数の時計の秒針が合わさって時を刻んでおり、心臓の鼓動のように聞こえる。遺族の手によって白いボードから切り出されたメッセンジャーは、亡くなった人の体格に合わせ、それぞれ高さや幅が異なる。誰かのかけがえのない存在だった人たち。その思いが集積されたような教室にいると、物言わぬメッセンジャーたちの雄弁さに圧倒される。

再生という1つの物語をみんなで作っている

メッセンジャーの8割は20代以下の若者や子どもたちだ。遺族の気持ちの区切りで“卒業”したメッセンジャーを含めると、これまでに221命が誕生している。

展示会は150命前後のすべてのメッセンジャーがそろう「本開催」と、5~30命のミニ・メッセージ展があり、これまでの約20年間で1000回以上開催してきた。来場者は延べ50万人超、刑務所や少年院での開催を含め本年度の展示もすでに約150回。3日に1回はどこかで開催された計算だ。冒頭で紹介した赤い毛糸玉は、来場者が1人ずつ結んだ長さ10センチほどの毛糸をつなぎ合わせたものだ。

鈴木さんは言う。

「第1回の東京駅では16命からのスタートでした。最初は、メッセンジャーを怖いとか、さらし者にするのかという意見もあった。ここでは、再生という1つの物語をみんなで作ってるんです。その物語に乗れる人も乗れない人もいる。遺族1人ひとりにいろんな考えがあって、皆さん迷いながら進む、その全部が答え」

来館者が書き残したいメッセージ(写真:穐吉洋子)
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